超特急で変化球 *

中堂といちゃいちゃしたい六郎ががんばる話。挿入はしてないけどえろです。付き合い始めてちょっとくらいの中六。疑似対面座位。

 んんー、と喉の奥から絞り出したような、間延びした声が聞こえてきたのは、昼と夕方の間に差し掛かった頃だった。
 読んでいた本から顔を上げてリビングに目をやると、スツールに腰掛けている久部が天井に向かって両腕を伸ばし、大きく伸びをしているところだった。続けて、はあ、と、大きく息を吐き出す音が聞こえたかと思うと、立ち上がってカウンターを離れ、キッチンへと足を進める。
 そこまで眺めたところで再び視線を落とし、手の中の文字列を再び追い始めた。
 リビングではひとの気配が動き続けている。足音。冷蔵庫の開閉音。シンクで水が流れ、また足音。ごそごそと物を動かす音。
 それらが落ち着くと足音が近付いてきた。足音はぺたぺたと微かな音を放ちながら和室に入り、よどみなくまっすぐに近付いてきて、すぐ隣で止まり、その場に腰を下ろした。俺の体重を受け止めているビーズクッションに二人分の体重がかかり、ぐにゃりと形を変える。クッションの変形に合わせて動いてしまった姿勢を整えて座り直すと、そこにうまれた隙間に久部が寄りかかった。
 わずかな隙間を挟んで隣り合って座る。俺はページをめくり、久部は黙ってクッションに体を預けて天井を見上げている。ぱら、と紙をめくる音がやけに響く。
 しばらくすると、じっとしていた久部が静かに動いた。存在していた数センチの距離を詰め、ぴたりと肩が触れ合う位置に納まる。
 視界の端で、畳の上に放り出されていた久部の手がわずかに動いた。ほんの少し宙に浮いた手がぎこちなく握ったり開いたりを繰り返す。その手がぱたりと畳の上に落ちると、今度は頭が俺の肩に乗せられた。しかし、落ち着かないのか、微妙に位置を変えながら久部は頭を動かし続ける。
 何がしたいのかわからずに好きにさせていると、やがて諦めたのか、久部の頭は俺の上半身を這うみたいにずるずると落ちていき、腿の上に落ち着いた。しかし、それもやはり落ち着かないらしく、久部は居所を求めてもぞもぞと動き続ける。背を向けてみたり、天井を睨んでみたりと体の上で動き続けられてはこちらとしても落ち着かず、本を持つ手を顔の位置まで上げて、真下に顔を向けた。
「おい、くすぐったい」
「あ、すいません」
「ったく、何やってんだ、さっきから」
「いや、なんか落ち着かなくて……」
 そう言いながら久部はまたもぞりと身じろいだ。横たわったまま頭の位置を調節しようとしているせいで肩や首が腿に押し付けられ、触れている箇所がむず痒い。
「こら。くすぐったいって言ってるだろ」
「んん……? んー……」
「どうしたいんだ、お前は」
「それは、その……」
 不服そうな顔を見かねてこっちから尋ねてやったのに、久部は言いよどんで視線を逸らした。言うかどうか考えているらしく、どうにも小難しい表情を浮かべているから、ひとまず待つことにする。
 互いにろくに動きもせず黙っていても、時間は止まることなく流れていく。そうしてたっぷり時間をかけてから、俺の顔色を窺うみたいにちらりと目線を送った久部は、ゆるく唇を噛んでから口を開いた。
「……中堂さん、でかいから」
「あ?」
「勝手がわかんなくて。……自分よりでかいひとに触るの」
「……ああ」
 それ以上どう言ったらいいのか浮かばなかった。
 久部が言っている〝触る〟というのは、ただ他人に接触するということではなく、恋人として触れ合うという意味なんだろう。俺は異性との違いを感じることはあっても気にしたことはなかったが、久部からしてみれば――三澄のような女が好みならなおさら――これまで経験してきたものとの差を感じて当然なのかもしれない。
 久部は気恥ずかしそうにも気まずそうにも見える顔で、俺の腿を枕にして寝転がっている。よく見ると、確かに腿と頭の高さが合っていない。このままではいつか首をつってしまいそうだなと思い、持っていた本を閉じ、畳の上によけて両腕をゆるく広げた。
「来るか?」
 数度目を瞬かせた久部は、のそりと起き上がって膝立ちになり、俺の両脚をまたいで肩に手を置いた。腰の辺りを支えてやると、またもや手が行き場を求めて小さくさまよう。俺の肩を撫で、ためらいがちに背に回り、最後にうなじを包み込んだ。
「こうやって中堂さんを見下ろすの、なんか変な感じすね」
「別に座ってもいいぞ」
「重くないすか?」
「少しくらい平気だろ」
 久部は逡巡し、ゆっくりと腰を下ろした。脚にぐっと体重がかかり、あぐらをかくことでバランスを取る。
 互いの顔を見ながら体勢を整え、顔の距離が近付いたと思ったときには、久部に唇を塞がれていた。唇を触れ合わせてそっと息を吐く。さっきまで飲んでいたんだろう、微かに漂うコーヒーの香りを追いかけてじゃれるみたいに唇に噛みつくと、久部も負けじとやわく歯を立てる。
 少しの間遊んでから解放すると、は、と短く息をついた久部が顔を伏せた。首筋に頬を寄せて、ぽつりと呟く。
「やっぱ、少し変な感じ」
「今度はなんだ」
「いや、だってこれ、ほぼ対面座位……」
 発言に少しばかりぎょっとして、勢いよく肩口に視線を送る。その瞬間、視線がぶつかった。久部は頭の側面を俺の肩に乗せたまま、顔を傾けてこっちを見ていた。そのまなざしの鋭さに気付いてわずかに息をのむ。この体勢で発言するには無防備すぎるセリフに覚えた苛立ちはどこかへ吹き飛び、代わりに片側だけ口角が持ち上がる。
 久部の瞳は挑戦的で、まっすぐに俺を突き刺していた。やわらかい口調の奥に、そのぎらついた光を隠していただけだったらしい。
 年齢差もあって子ども扱いしてしまいがちだが、こいつも立派なおとなの男なのだと認識を改めなければならないだろう。手始めに、そのまなざしに応えてやることにする。
「ぅ、ぉわ……! ちょ、っ」
 片手で腰を支えながら、体をまたいでいる脚に手を伸ばし、ふくらはぎを掴んで、曲げている脚を少しばかり強引に伸ばして体勢を崩す。久部は声をひっくり返して慌てて俺の首にしがみついた。そうすることで木に張り付いているときのコアラに似た体勢になった久部の腰を、さらに低い位置に落とす。すると、臀部だけがあぐらの中心に落ちた姿勢になり、首に回された腕の力が強くなった。
「び、びびった……!」
「この方が〝らしい〟だろうが」
「え、ぅ……わ」
 返事を待たずに軽く腰を揺らすようにして押し付けると、久部の目が大きく開かれた。まだ反応すらしていない互いの局部が服越しに擦れ合う。俺の動きに合わせて抱えた体もわずかに上下し、そのたびに久部は戸惑う表情を見せた。
 ……この光景はひどく目の毒だ。顔や首、むき出しの素肌から目が離せなくなり、この男を手に入れたいという欲望が腹の底から迫り上がってくる。
 それは久部にとっても同じだったのだろう。いたずらとして始まったこの行為が遊びじゃ済まなくなるまで時間はかからなかった。
 二人ともまたぐらの中心が硬くなり、布を押し上げ始めている。動きを止めると、わずかに頬を紅潮させた久部が視線を落とし、もぞりと身じろいで、挟み込んだ俺の腰に内腿を擦り付けた。
「課題は終わったのか」
「じゃなきゃしませんよ、こんなこと」
「そうだろうな」
「なんで聞いたんすか」
「念のためだ」
 ふっ、とおかしそうに息を吐いた久部を無視して服の中に手を滑り込ませると、ぴくりと体が跳ねた。手のひらで触れた素肌はすでに熱を持っている。腰をさすり、背骨の凹凸を辿って肌を撫でていくと、はあ、と湿った息が首にかかった。
「……熱いな」
「中堂さんだって」
 ほら、と囁いて、久部が首に歯を立てた。柔く噛んだそこを続けて唇で辿り、最後にちゅうっと音を立てて吸い付く。
「……熱い」
「だろうな」
 ハッ、と息だけで笑う。久部からのささやかな愛撫を受け入れながらも手は止めず、肩甲骨の線をなぞる。そのまま肌の上を這わせた指先で、手探りで見つけた突起をやんわりと押し潰すと、さっきよりも明確に体が跳ねた。それに小さく笑い、同じ場所を撫で続ける。
「……っ、ぅ、中堂さん、それ」
「嫌か?」
「いや、じゃ、ないけど……っも、もどかしい」
「なら、もっとしっかり掴まってろ」
「え?」
 間髪入れずに腰を支えていた手を離すと、久部は崩れ落ちてしまわないように、俺の体に回した腕と脚に力を込めた。さっきよりも密着したのをいいことに、バランスの維持は久部に任せて、俺は両手とも胸に這わせ、指の腹で同じように左右の乳首を撫でた。そこはすぐさま硬くなり、ぷくりと膨らんでより強い刺激も受け止める。
 びくびくと体を震わせているのに俺にすがるしかない久部が憐れにも可愛くも思えて、無防備に晒されている首に吸い付いた。リップ音が聞こえると同時に、一際大きく久部が震える。
「あ、……っ、や」
「ん?」
「それ、っちくび、も、やめ……!」
「痛いか?」
「ちが、下着っ、やばい」
 言われたとおりに手を止めて、片手は再度腰を支えてやる。そうしてようやく久部は顔を上げた。
 頬は赤みが差すどころではなく真っ赤に染まり、きつく閉じていたせいか、瞳が潤んでまつ毛も微かに濡れていた。短い呼吸を繰り返している口が、何かを堪えているかのように閉ざされる。
 湧き上がってきたいたずら心から、胸元に添えていた手をずらして指の背で腹筋を撫でると「中堂さんっ」とわずかに上ずった声でたしなめられた。それでもやめる気にはなれず、まずは状態を確認するために視線を落とす。
 久部が履いているスウェットはしっかりとテントを張っていた。しかし、外観からは汚れているようには見えない。
 徐々に下に向かわせていた手でスウェットと下着をまとめて引っ掛け、前だけ下ろすと、下着と性器の間を透明な粘液が一筋の糸を引いていき、最後にぷつりと途切れた。勃ち上がった性器の先端はわずかに濡れていて、先端を押し出すように握り込むと、ぷくりと体液が滲み出す。
「っ、は、だめです、替えが、もうない、っから」
「それくらい買えばいい」
「準備も、してない、し……」
 最後だけやけに不明瞭になって、言葉のほとんどが久部の口の中に消えていった。それでも何を言っているのかはわかる。
 挿入するとなると受け入れる側にはそれなりの準備が必要で、気持ちがあれば繋がれるというものではない。だが、何も挿入だけがセックスでもないだろう。
 握り込んだ性器を手のひらで包み込んで撫でるように動かすと、びくりと久部の腰が跳ねた。
「ちょっと、っ聞いてた……⁉」
「こっちだけなら問題ないだろ」
「いやでも、あとで勃ちにくくなる、かも、しれない、し……」
 ごにょごにょと口ごもりながらそう言って、久部はわずかに目を伏せた。どうやらまだ挿入を諦めてはいないらしい。というよりも、どうするべきか迷っているんだろう。眼鏡の奥で瞳が小さく揺れている。
「あー……お前は使わないからいいんじゃないか?」
「なにそれ、サイテーっすね、っぁ」
 ふは、と息をこぼして、久部が笑い混じりの軽口を叩く。今にもけたけたと笑い出してしまいそうだったが、その隙を狙って先走りを指に絡めてくびれを擦ってやると、油断した声が漏れて慌てて口をつぐんでいだ。その様子で胸の内が小さく弾み、俺も声を抑えて笑う。
「久部、くち」
「ん……」
 言われたとおりに顔を寄せてきた久部の唇を軽く吸い、ゆるく開いた隙間から舌を忍び込ませる。
 久部の口内は熱かった。あふれんばかりの唾液で満たされた口腔を舌で探り、上あごをなぞると、合わさった唇からくぐもった声が微かに漏れ出る。間髪入れずに弾力のある舌が絡み付いてきて、ぞくりと肌が粟立った。飲み込めなかった唾液が口の端からこぼれて、顎を伝い落ちていく。久部の舌は何度も粘膜を擦り、絡んできて、離れたくないと訴えているようだ。
 体温が上がる。下半身に熱が集まり、痛いくらいに張り詰める。それを押し付けるように軽く揺すると、また久部の足がもぞもぞと動き、かり、と畳を引っかく音がした。腰を押し付けるたびに久部の体も動いて、手の中の性器も小さく上下する。
 ようやく唇を離した久部は大きく息を吸い、堪えきれないといった様子で喘いだ。
「は、あ、っ、なか、どうさん……っイきそ……」
「ッ、ああ」
 腰の動きは止めて臀部をしっかりと抱え込み、久部の性器を握る手に意識を集中する。張り詰めた性器の先端から透明な体液がにじみ、それを指に絡めて扱くだけで久部は腰を揺らした。俺の手に押し付けるように腰を動かして、短い呼吸を繰り返す。
 久部がぶるりと体を震わせた瞬間を狙ってぐちぐちと音を立てながら先端をいじってやると、ぎゅうっと一際強くしがみつかれて、手の中に精液が吐き出された。
「はぁ、ッ、あ、っあー……」
 手で受け止めきれなかった白濁色のひとしずくがぽたりとスウェットに落ちた。荒い呼吸を繰り返す背中をとんとんとさすってあやしてから、手を伸ばして布団の脇にあったティッシュの箱を引き寄せ、濡れた手とスウェットを拭う。ついでに濡れた性器も軽く拭い、下着とスウェットの位置も戻してやった。
 それらの後処理が終わる頃になって、久部は長い息を吐き出した。体の力を抜き、尻は畳に乗せて、ずっと上げていた両腕は俺の腹部に回して抱き着き、額を肩に乗せる。そして、もう一度、はあーと長く息を吐いた。
 また何か思うところでもあったのかと疑問に思いながらも、とりあえずは黙って背を撫でてやる。すると、ぐり、と額を俺の肩に押し付けて、久部が小さな声で呟いた。
「なんか、AVであるじゃないすか。ナカが疼いて止まんない〜……みたいの」
「は? ……それがどうした」
「あれ、まじだったんだなーって、いま実感してます……」
 開いた口が塞がらなかった。背を撫でていた手の動きも止めてしまい、ただただ絶句する。
 こいつは何を言ってるんだ、バカなのか――とそんな言葉が頭の中を通り過ぎていったが、音になることはなかった。
 そろりと顔を上げた久部が、どこか不安げに俺を見上げる。しかし、次の瞬間には目をまるくして、続けて軽やかな笑みを浮かべた。そして俺の頬にひとつ、唇にひとつ、触れるだけのキスを落とす。
「待っててください。爆速で準備してくるんで」
「ああ? おい……っ」
 俺の言葉など歯牙にもかけず、立ち上がった久部はあっという間に風呂場へと消えていった。足音が遠ざかり、パタンとドアが閉まる。
 俺は一人取り残された部屋で大きくため息をつき、あぐらをかいた膝の上に肘を乗せて、手のひらで額を覆った。
「ああ、クソッ、なんなんだ……!」
 あんなことを言われてどう反応すべきだったというのだろうか。無駄に顔が熱い。久部の言動はしょっちゅう予想もしていない方向へと突き進み、手綱を握ろうにも結局振り回されて終わってしまう。
 翻弄されている。こんな些細なことでさえ。それが不快なわけではないが、その不用意さを少しばかり不安に思うのも仕方がないだろう。なにせ、あいつは爆弾小僧だ。
 もう少し発言内容は考えろと教えてやらねば。そう心に決めて重い腰を上げる。そして、意気揚々と戻ってくるだろう男の望みを叶えるため、部屋の隅に置いてある小さなケースの中からローションとゴムの箱を取り出した。

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