tm誕おめでとうございますで書いたhmtm独身AU。
はしゃぐ二人と増えていく思い出。かわいい二人が書きたかった。
一年に一度、季節も変わるほど遠い国から日付変更線を越えて小さな箱が届く。
プレゼントとメッセージカード。そして美しい花が収められた透明のケース。それらが入った箱は僕の誕生日に毎年届いた。
それを受け取った僕はメッセージカードを読み、プレゼントに顔を綻ばせ、寝室に花を飾りに行く。
寝室の棚には彼と出会ってから毎年欠かさず贈られている花が順番に並んでいて、透明のケースに入ったプリザーブドフラワーは色褪せずに僕らの歴史をひっそりと語ってくれる。
新たに増えた思い出と共に彼との記憶に浸り、満足した頃にメッセージを送ると、しばらくしてから鳴り始める着信音を止めて僕は電話を耳に当てて彼の声に集中する。
『誕生日おめでとう』
『ありがとう。プレゼント届いたよ』
お決まりのささやかな会話は短い時間であっという間に終わってしまうから、僕は彼の言葉を聞き逃さないように必死だ。もちろん彼には気付かれないように、さりげなく。
通話を終えてしまうと、もうその日のイベントは全て終えたような気分になってしまう。あとは普段よりも少し届くメッセージが多い普通の日だ。
そうやって僕の誕生日は終わる。彼と出会ってからの恒例行事。
しかし、今年は少しだけ違っていた。
昼過ぎには予定を終わらせて帰れると思っていたのに、思ったより長引いてしまった。
真冬の街中をポケットに手を突っ込んで足早に歩く。冷たい空気に耐えながら腕時計を確認すると、通話できると彼に伝えていた時刻が近付いていた。まだ荷物も受け取っていないのに。
今日は例年のようにはいかないかもしれないと思うと、急に悲しくなってくる。彼は責めたりしないだろうけど、何よりも僕自身がその瞬間をとても楽しみにしていた。
急がないと、と焦る気持ちばかりが募る中、突然後ろから呼び止められた。
「トム・ヒドルストン?」
家までの距離が残り僅かだからと、更に速度を上げようと地面を蹴ろうとしたときだった。背後から名前を呼ばれて足を止める。
後ろから聞こえてきた声の主である男は騒ぐつもりはないらしく、立ち止まった僕の返事を待っているようだ。
なんだって急いでいる時に――。
真っ先にそう思ってしまったことを少し反省して腹に力を込める。ファンなのか、そうじゃないのか予想がつかない。せめて厄介な人物ではないようにと願いながら呼吸を整えて振り向いた。
まず真っ先に視線が向かったのはその長身。僕が見上げるほど大きい相手はそう多くない。それから整った顔立ちと、コート越しでもわかる鍛え上げられた肉体。
片手に可愛らしい花束を抱えた男は、固まる僕の顔を見て子供のように笑った。
「サプラァイズ」
かつて僕が演じたセリフをそっくりそのまま真似てみせた男は、強く吹いた風に少し身震いをして僕を見下ろしている。
「……クリス?どうしてここに?」
「こっちで仕事があったんだ。だから、祝いにきた」
久しぶりに見る笑顔を抱き締めたくなるのをなんとか堪えて彼と向かい合う。よく見るとクリスの皮膚はほんのりと赤くなっていた。
それに気付いて、ようやく本当にクリスが目の前にいるんだと理解した気がした。
「行こう。ここじゃ寒い」
頷いたクリスの隣に並んで家まで歩く。さっきまでは縮まってほしいと感じていた距離を、今度はもう少しだけ長ければいいのにと思っている。
わがままなことはわかっていたが、久しぶりに感じる彼の気配は心地よかった。触れていなくても温もりを思い出せる。
「本当に驚いた」
「全然気付かれなくて俺も驚いたよ」
まだ動揺を拭いきれない僕を見て、クリスはいたずらっ子のように笑う。そんな彼を見て笑みを返しながら、心臓が小さく跳ねたことを誤魔化した。
クリス曰く、国を離れる予定があったから滞在期間を伸ばしたそうだ。何も言ってくれなかったのは本当に間に合うかわからなかったから。だからプレゼントは受け取らなければならないことは変わらないのだが、僕にとってはむしろ嬉しいことだった。彼からの荷物が届くのを待っている時間が僕は好きだ。しかも今日は送ってくれた本人も一緒にいるのだから、何も言うことはない。
そんなことを話している間にあっという間に家に着き、室内に入ったところでその手に持っていた花束を差し出された。
「誕生日おめでとう」
小ぶりな花束を受け取って「ありがとう」と返す。可愛らしいラッピングが施された花をこの屈強な男が選んでいるところを想像するとなんだか可愛らしくて、思わずくすりと笑ってしまった。
黄色をベースに造られた花束はクリスから溢れ出ているエネルギーそのもののようで、華やかで生き生きとしていた。そっと花びらに触れると指先でみずみずしさを感じられる。何年もプレゼントを贈り合ってきたが、近くにいられない彼から生花を貰うのは初めてだ。同じ空間にいる証拠なんだと思うと、胸がきゅう、と締め付けられる。
その感覚をずっと味わっていたくて花を撫でていると、骨張った手が視界に入り込んできた。その指先がそっと僕の頬に触れる。僕が花にしていたのと同じように、冷えた指がゆったりと頬を撫でた。
「喜んでもらえるのは嬉しいけど、そればっかりに夢中なのは妬けるな」
「君のことを考えてたんだよ」
顔を上げて目を合わせて答える。太い指が壊れものに触れるかのように皮膚の上を辿っていき、髭の生え際をなぞられて小さく息がこぼれた。窓から射し込んだ光を受けたクリスの目が細められて怪しく光る。
「本当に?」
「うん。それにこのまま枯れちゃうのはもったいないなって」
「プリザーブドフラワーも届くよ」
「それでも」
それでも、この瞬間を閉じ込めてしまいたいと思う僕は強欲なんだろうか。
そんなことを考えながらクリスの顔に自分の顔を寄せていくと、彼の方から近付いてきて唇が重なった。そっと触れ合わせて、離れて、また触れる。それを繰り返しているうちに冷たかった唇が段々と熱を持ち、そこから広がっていくように内側から体温が上がる。身体が温まるよりも先に舌が伸びてきて、僕も舌を出して絡ませた。
花束が潰れてしまわないように除けながらクリスのうなじに手を伸ばすと、クリスの腕が僕の腰に回る。角度を変えながら何度も舌を絡ませて口内を犯し合い、その度に快感が駆け抜けた。
このままどうにかなってしまいたいという思考に支配されそうなところを理性でなんとか押しとどめて唇を離す。
「クリス、待って……」
「このタイミングで?」
さっきよりも呼吸が荒くなっているクリスは腰に添えていた腕に力を込めてぐっと引き寄せた。下半身が触れ合ってしまい自然と腰が揺れる。同じようにクリスの腰が押し付けられ、すぐに触れたくなるのを我慢して口を開いた。
「花、活けてあげないと」
その言葉を聞いたクリスは僕の肩から指先までを視線で辿り、その先で存在を主張している花束を見て諦めたようにため息を吐いて僕の肩に顔をうずめた。
*
泥のように眠った身体が重い。
結局、花を活けて上着を脱いだところで二人とも我慢できなくなり、何時間もかけて抱き合ってしまった。当然ながら荷物は受け取っていない。誕生日当日に受け取らなかったのは初めてだ。
彼がいなくなった部屋をぼんやりと見回す。余程深い眠りについていたのか、彼がベッドを離れた記憶が全くない。昨日は熱くて仕方なかった寝室は冷え切っていて、腕を伸ばすだけでも身体が震えた。
時計を確認するとまだ午前中だった。夜まで起きられなかったらどうしようかとも思っていたが、杞憂だったようだ。今起きればブランチには間に合うだろう。
のそのそと起き上がってカーテンを開けるといつもと変わらない風景が広がっていて、彼が隣にいたことの方が幻のように思えた。一度そんなことを考えてしまうと急激に胸の奥が冷えて心臓が早鐘を打ち始め、居ても立っても居られなくなって寝室を飛び出した。
些か乱暴に入ったリビングで、クリスはボウルを抱えたまま突然の音に驚いて不思議そうにこちらを見ていて、部屋にはすぐにわかるくらい甘い匂いが充満している。
状況が飲み込めずに立ち尽くす僕に、クリスは普段と変わらない笑顔を見せた。
「おはよう、トム」
「おはよう……」
彼の姿があることに安堵して改めて周りを見てみると、キッチンには様々な器具や材料が並んでいた。彼がその手に抱えているボウルの中では白い液体がゆらゆらと揺れている。
「クリーム?」
「そう。クリス・ヘムズワースお手製ケーキ」
そう言ってにっかりと笑ったクリスは「さすがにスポンジは無理だったけど」と続けてボウルの中の液体をかき混ぜ始めた。作業の途中だったんだろう。液体は少しだけ硬さを帯びながらクリスの手の中で踊っている。
家に無かった食料品はどうしたのかと尋ねると、早朝に買いに行ったのだと返事が返ってきた。クリスが言うには、ちゃんと声をかけたし僕は返事をしたらしい。全く覚えていなかった僕がなんとか記憶を拾おうと唸っていると、そんな様子を見たクリスに笑われてしまった。
気恥ずかしくなり「君のせいだからね」と文句を言って彼の手元に視線を戻す。
彼が料理をすることは知っていたが、自分の家でケーキを作っているというのはなかなか不思議な光景だった。彼の大きな身体に囲まれた道具が随分と小さく見える。慣れた様子で作業を進めるクリスのことを僕は座ってコーヒーを飲みながら眺めていた。こんな珍しい光景、何時間眺めたって飽きたりしない。
自分の家とお菓子作りをするクリスという奇跡のような組み合わせが楽しくて写真を撮っていたとき、クリスは一瞬手を止めてこちらに視線を向けた。そして僕の様子を見て小さく吹き出す。
笑いながら手の中にある画面を眺めていた僕を見た彼の顔は、どこか年上のように見えた。
「トム、もう少ししたら出かける用意しといて」
「何?」
「押し花作り、したくない?」
そう言われても、突然何を言い出したのか全く理解できなかった。首を傾げる様子を見てもクリスはそれ以上のことは言わずに僕が答えに辿り着くのを待っている。
彼に『正解』と言わせたくて、どういうことなのか考えながら目線を動かした。返事を待っているクリス、カットされたスポンジにクリームと果物、甘い匂いを放つシンク――そして、彼が送ってくれた花。
それが視界に入った途端、前日に自分が「枯れるのがもったいない」と言ったことを思い出した。
彼の提案が何に繋がっているのかを理解して、余りにも嬉しくて「したい!」と答えた声は上ずっていた。それを恥ずかしいと思う余裕などなく、心の中が喜びで溢れ返って仕方がない。
僕の返事を聞いたクリスは勢いよく笑って、その勢いのせいでスポンジにクリームを乗せていた手元が狂ったと言って更に笑った。
「買い物に行って、押し花を作って、ディナーにしよう。そっちも準備はしてあるんだ」
「嬉しいけど、何もかもは悪いよ」
「恋人の誕生日は特別なんだからいいだろ?」
面と向かって言われた言葉にふいに恥ずかしくなり、口元を手で覆い隠す。撮影現場では出来ることに限りがあったし、タイミングよく一緒にいられないことも多い僕らにとって、記念日を一緒に過ごせるというのは貴重なことだ。
こんなに喜んでいるのは僕だけじゃないのかもしれないと思うと胸が高鳴る。待っている時間は長くないはずなのに、落ち着かなくて仕方がなかった。
やがてケーキの飾り付けを終えたクリスはキッチンを片付けると、自分も出かける用意をして僕の手を引いた。
玄関のドアを開けるまでの間、手を繋いで歩いた。昨日と同じコートが並ぶ。
押し花については調べていてくれたクリスが、街のことは僕が説明し、たどり着いた雑貨店で小さめの額を二人で選んだ。家にある花束を思い浮かべながら、あの明るい色合いに何が似合うか想像する。
いくつも手に取った結果、木製の落ち着いた色の額を購入した。どこか柔らかさを感じさせるそれは、きっとあの花を引き立ててくれるに違いない。
買い物袋を片手に帰宅した僕らは、さっそく作業に取り掛かった。
花束の中からどれを使うか吟味する。中心になりそうな少し大振りのものと、小さなものをいくつか。それを花瓶から抜き出してちょうどいい大きさに切って整えていく。
クリスが調べてくれたのは電子レンジで乾燥させる方法で、そのために紙の上に並べていく。できるだけ傷つけないように、慎重に。
二人とも慣れない作業にスマートフォンの画面とにらめっこして「本当にこれであってる?」「こっちの方がいいんじゃないか?」と、ああだこうだと言いながら手を動かした。工作なんて随分と久しぶりで、それだけでも面白いのに、大の男二人が自分の手のひらよりも小さな花に悪戦苦闘している姿は随分滑稽だったに違いない。つい作業に夢中になってテーブルに顔が近付いてしまうのをクリスに咎められ、顔を上げて目が合った瞬間、二人揃って笑い出した。
相手の作業に口を出しながら自分も少し失敗して、笑われて、僕も彼のことを笑って。
僕らは大人になってから出会ったから子供の頃のことは知らないけれど、もし子供の君に出会っていたらこんな感じだったのかもしれない、なんて思ったりして。
君も僕も、もう若いとは言えない年齢になったけれど、そんなことは忘れて初めて会った頃のように笑い合った。
散々騒いでからレンジで乾燥させた花を取り出し、挟んでいた紙を剥がしていく。傷つかないように大事に取り出した花は、少しだけよれていた部分もあったけれど、さっきまでの姿をしっかりと保っていた。
嬉しくなってクリスの方を向くと、目の前に手が現れた。それに自分の手を合わせると、乾いた綺麗な音が部屋に響く。そこまでくれば後はもう少しだけだ。取り出した花たちを並べて整え、額に収める。
四角い枠に並んだ花は、想像していたよりもずっと優しく、その美しさを保っている。世界に一つだけの僕たちの花だ。
額をそっと手に持ち、感嘆の息を漏らす。
「ちゃんと出来たな」
「うん。きれいだね」
「すげぇ失敗したらどうしようかと思ってた」
「……実は僕も」
小さく笑っているとぱちりと目が合って、彼の頬にキスを落とす。
「ありがとう、ダーリン」
「……どういたしまして」
耳元で囁くと、お返しとばかりにキスが返ってくる。ささやかなじゃれ合いにまた笑って、僕らはテーブルを片付けることにした。
クリスが下ごしらえをしてくれていた料理を二人で仕上げて、ディナーまでの間にプレゼントを受け取った。
すっかり夜になった頃、テーブルの上には豪華な料理とケーキが並ぶ。それらを二人で平らげて、少し酔っぱらったままシャワーを浴びて、その日はただ抱き合って眠った。
久しぶりに会うとどうしても触れ合わずにはいられずセックスに溺れてしまうから、こうして何もせずに隣で眠るのは不思議なくらい新鮮だった。ただ、お互いの体温を感じながら眠る。
彼は早朝にはこの家を出なければならない。
そう言った本人もとても残念そうにしていたけれど、目を開けると月明かりに照らされてぼんやりと棚が浮かんで見える。そこに並ぶ、新しく増えたプリザーブドフラワーと押し花。それが間違いなくクリスが今日ここにいたんだと証明してくれる。
この花を見れば今日のことを鮮やかに思い出すことができる。何度でも。
僕はもう一度目を閉じて、今度こそ眠りにつく。彼のぬくもりと重みをしっかりと感じながら、彼の誕生日には何ができるだろうかと想像してほくそ笑んだ。