輝けるきみへ

12/3いきなり!レッドカーペット4で公開した無配です。
ネップリ配布のしおりと連動した短編。しおりSSの前日譚に当たります。一緒にいることが幸せで永遠にしたいあの夏のゲラアルの話。

 小脇に本を抱えたゲラートが待ち合わせ場所に到着したとき、アルバスはすでに地面に腰を下ろしてくつろいでいた。村へと続く道よりも少し開けたその場所で、大きな木の幹に背を預けて、サンドイッチを片手に木漏れ日の下でぶ厚い本を読んでいる。
 約束の時間通りについたゲラートは、そんなアルバスの横顔を物珍しそうに眺める。しかし、そんな時間はすぐに終わってしまった。本を宙に浮かせて読んでいたアルバスが、足音が近付いてきたことに気付いて顔を上げたのだ。それまで文字を追っていたブルーの瞳は待ち合わせ相手の姿を捉えた途端に輝きを増し、その口元には特大の笑みが浮かぶ。
「ゲラート!」
 ひらひらと手を振ってアルバスは恋人を迎え入れた。誘われるがままにゲラートは再び足を動かし始め、ゆったりとした足取りで距離を縮めていく。
「早いな」
「うん、今日はアリアナの調子がよくてね。スムーズに出てこれたんだ」
「……のわりには昼食がまだみたいだけど?」
 アルバスの正面で立ち止まったゲラートの視線が、振っていた手とは反対の手元に向かう。その手に握られている、半端に歯形が付いて中身のハムが見えているシンプルなサンドイッチ。それをまじまじと見てからゲラートはアルバスの顔へと視線を戻した。待ち合わせ時刻は午後、それぞれ昼食を済ませてから集まろうという算段だったはずだ。それなのになぜ? と、ゲラートの瞳は雄弁に疑問を語る。
 アルバスはほんの少しだけ困った顔で、ゲラートの視線を追って手元を見てから頬をかいた。
「これか。これはちょっと、その、食いっぱぐれちゃって……またアバーフォースに怒られたよ」
 ここにはいない人物の名前を耳にしたゲラートの眉間にしわが集まる。それに目ざとく気付いたアルバスは、こういうときの反応ばかり似てるんだよな……と弟と恋人の顔を頭の中で並べて苦笑した。それから、ぽんぽんと自分の隣を軽く叩いて、座るようにゲラートを促す。
 険しい表情は変わらないものの、従うつもりはあるらしい。ゲラートがおとなしく足を動かし始めたことを確認してからアルバスは話を続けた。
「今回は本当に僕が悪いから仕方ないんだよ。せっかく三人で食事ができそうだったのに、時間を忘れちゃってたから……」
「何か調べものでもしてたのか?」
「いや、そうじゃないんだ。そうならよかったんだけど、残念ながらね。正解はただの庭いじり」
「庭……? ああ、あれか」
 呟くゲラートの脳裏にダンブルドア家の庭が浮かぶ。
 きょうだいだけが暮らす質素な家にも一応〝庭〟と呼べる空間は存在していた。家屋の正面、道に面した柵の内側の、敷地の境ともいえる場所に存在する空間がダンブルドア家の庭だった。そこには何種類もの花やハーブが植えられており、一見してわかるほどに青々とした葉が茂っていたが、無造作に伸びたそれらはいささか雑草にも似た様相を呈していた。
 アルバスは手にしていたサンドイッチをあっという間にたいらげ、飲み込んで、なんでもないことのように続ける。
「そう、あれだよ。母が死んでからばたばたしてて、ろくに手入れもできずにそのままになってたからね。やっと手を入れられるようになったのはいいんだけど、つい夢中になって……うっかり昼食をすっぽかしたってわけさ」
「そんなことで怒るあいつが狭量なだけだろ」
「誰と食事をとるのかは大事だよ。それをないがしろにしたんだから怒られて当然なんだ」
「へえ……家族が近くにいると大変だな」
 あからさまに興味なさげなゲラートの言葉に少しばかり目をまるくしたアルバスは、ふっと表情を緩めてやわらかく微笑んだ。
「家族だけじゃない、友人だってなんだって同じだよ。君だって本当は知ってるはずだ。意識してないだけでね」
 やけに落ち着いた声音でそんなことを言われたゲラートは、わざと視線を逸らして頭上の木々の合間に目をやった。からりと晴れた空からはまっすぐに日光が降り注いでおり、眩しさから眉間のしわが深くなる。その感覚は今のゲラートの胸の内と妙に合致しているように思えた。
 アルバスといる時間は楽しい。幸福だと感じる。だが、こうして時々、じりじりと何かが燻っているかのような感覚にも襲われる。それは大抵アルバスに関することで、彼が妙に大人ぶって諭すような話し方をするときだとか、自分が立ち入れない家族の問題が垣間見えた瞬間に訪れる。その感覚が存在するということは確かなのに、ゲラートはそれについて正しく表す言葉を持っていなかった。だから、その感覚に襲われるたびに『たかだか二歳程度の差がなんだっていうんだ』とゲラートは思うのだ。――思うだけで口にしたことはないのだが。
 今日も頷くでも否定するでもなく「ふうん」と、どうとでもとれる相槌だけを返す。すると、そんな反応も想定していたかのようにアルバスは静かに笑みを深めた。それが益々おもしろくない。事実、未成年だとしても、子ども扱いされるのは不本意だった。
 ゲラートは視線を戻してアルバスの顔をじっと見つめる。
 アルバスが心穏やかにいられることをゲラートは望んでいる。だが、その落ち着き払った表情を崩してやりたいと思うのも事実だ。
 しばしの間、動かずじっと向き合っていたゲラートは、おもむろにアルバスの顔へと手を伸ばした。白い指先は顔の横を通り過ぎ、耳の後ろのわずかに跳ねた髪をなぞる。
 その瞬間、風がやみ、木々は口をつぐみ、二人の間に短い静寂が訪れた。するりとなめらかな手つきで毛束を整えながらゲラートがそっと囁く。
「きれいだ」
 すると、途端にアルバスの頬に赤みがさした。誰が見てもわかるほど顕著な反応に気をよくしたゲラートが、堪えきれないというようにわずかに俯き、くつくつと押し殺した笑い声をこぼし始める。
 困惑し、戸惑いを隠せないでいるアルバスがゲラートの顔を覗き込もうとしたタイミングと、ゲラートが伸ばしていた手を引いたタイミングはほぼ同時だった。
 それまでアルバスに触れていた手を二人の顔の間に持ってきたゲラートは、これ見よがしに指先を持ち上げた。その親指と人差し指の間には、ダンブルドア家の庭に植わっている花の、薄紅色の花弁が一枚挟まれている。
「ごめん、これのことだったんだけど」
 ゲラートがつまんでいるものが何か理解したアルバスの頬がさっきとは違う意味で真っ赤に染まる。
「きみ……っわざとだな……⁉」
「心外だな。思ったことを素直に口にしただけなのに」
 ゲラートが気落ちした様子をみせると、アルバスは反射的に言葉を詰まらせた。目の前で見せられている表情は形だけのものだとわかっていても、甘えられるとどうにも弱い。
 そんなアルバスの反応も見越していたかのようにちらりと視線を上げたゲラートは、ふと、それまでのからかいが混じったものとは違う、静かに凪いだ瞳で微笑んでみせた。
「本当に嘘なんかじゃないんだ。君といると……不思議なことにね、近頃はこういうものも美しいっていうんだろうなって思うようになった。……ああ、もちろん君自身のこともだよ、アルバス」
 やわらかな告白を受けたアルバスだったが、照れるよりも驚いてしまい、ぱちりと大きく目を瞬いた。
 出会った頃のゲラートは調度品や美術の美しさは理解していても、自然の移ろいなど、時間の経過を計るだけで気にも留めていなかったというのに、一枚の花びらを『美しい』と表現するなんて――そのささやかで大きな変化にアルバスの胸はぎゅうっと締め付けられる。自分たちが一緒にいることで何かが少しずつ変わっている。確実に、よい方向に。そんな優しい胸の痛みに従って、アルバスもそっと微笑み返した。
「……嬉しいな」
 何が、とは言わなかった。ゲラートも訊ねたりしなかった。それはこの場で起きたことすべてに対してであったし、互いにそれを知っている気がしていた。
 言葉もなく、自然と引き合うかのように顔が近付いていき、そっと唇が重なる。戯れのように互いの唇を啄んでから離れた二人は、目を合わせて吐息だけで笑い合った。アルバスの囁き声が二人の間でたゆたう。
「このまま時間が止まればいいのに」
「君が望むなら、記憶の保管でもしようか?」
「うーん、それもいいけど……」
 ゲラートの提案に首をひねったアルバスは、つい数分前まで自分の髪に引っ掛かっていた薄紅色の花びらを見つけて、いたずらを思いついた子どものように表情を明るくした。ゲラートの指の間に収まっているそれを受け取り、二人の間にかざす。
「そうだ。せっかく時間を閉じ込めるなら押し花にしてみないか?」
「は? それは効率よく対象を保存できないマグルのやり方だろ」
「正確に保管するなら魔法の方がいいけどね。自分の手で作るのも、朽ちていくことで時間の流れがわかるのも悪くないものだよ。見返したときに懐かしいって思える」
 ゲラートは半信半疑といった表情で、怪訝そうにアルバスを見つめ返す。だが、反論する気はないようで、諦めの息を吐いてアルバスの手の中にある花弁に視線を送った。
「それで? 具体的にはどうするんだ?」
「そうだなあ……お互いに相手に贈るものを作るのはどうだろう? 渡すときまで何を作ってるかは秘密にしておくんだ」
「なるほど? 君に持っていてほしいものを作るってわけか」
「そう、僕の場合は君にね」
「いいね、乗った」
 ころりとゲラートの表情が変化し、いかにも楽しげに、瞳にきらきらとした光が宿る。二人とも、そもそもが企み事やいたずらに心躍らせてしまう性なのだ。二人一緒に仕掛けるのなら、なおさら拒絶する理由などない。それぞれのよく回る頭の中ではすでに相手をいかに驚かせるか、そして喜ばせるか、計算が始まっている。
 そんな浮つく思考を遮ったのはゲラートの方だった。アルバスの手元に置いてあるぶ厚い本を見せびらかすかのように宙に浮かせてにやりと笑う。
「でも、とりあえず今日のところはこっち。だろ?」
「ああ、そうだった」
 アルバスの眼差しが真剣なものへと変わる。ふわふわと浮遊している、先刻まで読んでいた本をアルバスが手元に引き寄せると、ゲラートも大叔母の家から持ち出してきた本を手に取りページを開いた。二人は互いの書物を比較して伝承についての議論を始める。
 青年たちの軽やかな声は風に乗り、青空へと吸い込まれて溶けていった。


同時に公開したしおりはこちら

SSしおりアルバスver

SSしおりゲラートver

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