Touch me! *

みんなで仕事してる平和な時空の主ニルで煽り煽られえっちな話です。ほどんどエロ。パーティ会場での仕事後、なぜか態度がおかしくなるニール。

 眩しいほどに豪奢な照明、身に着けている輝く大ぶりな宝石や時計、見るからに質が高いとわかるスーツやドレスに、大きさからは想像もつかないような金額の飲食物。それらに囲まれながら、男は意識して笑顔を保っていた。
 今回の仕事はそれほど難しくない護衛だが、依頼人が堅牢な雰囲気を嫌がったため、警護とわかる人間は少数にして、残りはゲストに扮してパーティ会場に紛れていた。男もゲスト側の一人だ。
 ゲストのふりをしているために他の客から話しかけられるし、飲食を断るのも難しい。男はパーティを楽しんでいる一般客の対応をしつつ、依頼人から意識を逸らさず、グラスを片手に談笑している。
 今話しているのは、青いドレスを着た小柄な女性だ。ゆるくまとめられたブロンドが照明の下できらめき、身振りを交えて話すとふわりと甘い香りがした。男よりもだいぶ年下なのだろう。笑顔にまだ幼さが残っているように見える。
 にこにこと男には馴染みのない内容の話を続ける女性を微笑ましく思いながら、男は自分と共に潜入しているチームの様子をそっと窺った。
 ニールは男から少し離れたところで、別のグループと談笑していた。高級なスーツを身に着け、きっちりと髪をまとめて余所行きの表情を浮かべている。会場に入ったときから、男女関係なくひっきりなしに話しかけられている気がするのは、男の気のせいではないだろう。ホイーラーはシックな黒のドレス姿で、奥様方をあしらっている。こちらはニールとは違い、頬が引きつっているのが遠目でもわかる有り様だ。アイヴスはいつもどおりのいかつい顔で、出入口で警備要員として立っていた。
 潜入側よりも全体を把握しているだろうと思い、男がちらりとアイヴスの方を見ると、どことなく気の毒そうな視線を投げられる。そのあからさまな視線にため息をつきたくなるのをぐっと堪えて、再び周囲に意識を戻す。 
 正直、男も警備員側に回りたかったのだが、人数の問題でこの配置がベストだったのだから仕方ない。ずっと笑顔を保っているせいで頬が引きつりそうになった男は、早く終了時間がやってくることを願った。

 結局何事もなく、宴もたけなわというところでパーティはお開きになった。問題なく仕事を終え、依頼人との簡単な打ち合わせを済ませたニールと男は、待機場所でもあるホテルに戻った。他の面々もそれぞれの宿泊施設に戻っているはずだ。
 きらびやかな世界は居心地が悪く、男は下手な戦闘より疲労を感じていた。全身を締め付ける高級なスーツがそれを増長させている。そのせいか、男はニールの口数が少ないことに気付いていなかった。
 ホテルの部屋に入り、ほっと息をついたところで、前を歩いていたニールが突然振り返った。腕が伸びてきて男の背中を引き寄せる。そして、まだ玄関先といえるような場所で、強引に唇に噛みつかれた。
 がぶ、と音がしそうな勢いで、ニールは男の唇を食んだ。驚きつつも応えていた男だったが、ニールの勢いは衰えない。がぶがぶと乱暴に食らいつく様子には、どこか焦りさえ感じられる。
 男は、バランスを崩しそうな身体を支えながら、キスの合間に声を発した。
「ニール、っおい、待て」
「いやだ、待たない」
「っどうしたんだ」
「どうもしないよ、したいんだ。しよう」
 そういって唇を吸い続けるニールから顔を逸らし、男は薄い唇を手で覆った。
「だから、急にどうしたんだ」
「だから、したいだけだって」
 男の手のひらから顔を離したニールは、不満を隠さずにそう返した。男は小さくため息をつき、ぽん、と首筋を撫でてこう続けた。
「今はしない」
「え……」
「お前とはこんな状態でしたくないんだ。思うところがあるなら言ってくれ」
 そう言って、男はニールの唇を優しく啄む。男はお互いを慈しみ合える状態で繋がりたかったのだ。
 だが、ニールはそれ以上反論せずに、小さな声で「わかった」と、それだけ呟いた。男の手を解き、消沈した様子でベッドルームに向かっていく。
「おい、ニール」
 男が声をかけても、ニールは振り返らなかった。
 いつもより少し小さく見える背中を見送りながら、どうしたものかと男は頭をひねった。ニールが苛立つようなことに心当たりがない。そもそも、二人ともアルコールを摂取しているせいで、正しく頭が回っているとは言い切れない。
 男は少しでも冷静になろうと、ジャケットを脱いでバスルームに向かった。冷たい水で顔を洗うと少し頭が冷えた気もしたし、顔の火照りが顕著になったような気もする。
 洗面台に手をついた男は、はあ、と息を吐き出した。酔いのピークは越えたとはいえ、呼気にはアルコールの匂いが混じり、肉体は疲労を訴えている。鏡の中の自分と向き合ってみるが、やはり何かをした心当たりがない。もう自分で考えていてもわからないのだろうと諦めて、ニールの様子を見に行くことにした。
 男とて、ニールに触れたくない訳ではないのだ。ただ、苛立ちだけで成り立つセックスにしたくなかっただけで。
 バスルームを出た男は、共有のベッドルームに向かった。ノックをし、返事を待たずにベッドルームのドアを開けて、男はその場で固まった。ニールに声をかけられず、ベッドに視線が釘付けになる。
 間接照明だけで照らされた薄暗い部屋の中で、ニールはベッドの上に寝転がっていた。ただし、下半身は何も身に着けていない状態で。
 トラウザーズと下着は脱いでいたが、シャツは一番上のボタンまできっちりと留められ、ネクタイも締めたままだ。ジャケットだけはかろうじて脱いだらしく、高級な品だというのに、乱雑に床に落ちていた。剥き出しの脚には、ソックスガーターと靴下だけが残されている。
 横向きでシーツに顔を押し付け、両脚を丸めているニールの手は、その脚の間に伸ばされている。そこから微かに、くぷくぷと音が聞こえてくる。シーツの上には、使用したと思われるジェルのチューブが転がっていた。断続的な短い呼吸音が絶えず耳に届き、男は思わず唾液を飲み込む。
「ニール……?」
 男が何か考えるより先に呟くと、ニールはゆっくりと視線をよこした。快楽に潤んだ瞳が揺れて、男は導かれるようにふらふらとベッドに近付いていく。そうしている間もニールは手を止めない。ベッドに近付いていくほどに音がはっきりと聞こえて、男は直前まで悩んでいたことも忘れてベッドに腰掛けた。
 目の前の光景に誘われるまま、体温が上がるのを感じながら、男はニールの脚に触れようと手を伸ばした。しかし、その手が肌に触れることはなかった。ニールが、つい、と自分の方へ脚を引く。
「だめだよ。しないって言ったんだから」
「なに?」
「しないって、君が、言ったんだ」
 頬を赤く染めているくせに、ニールは挑発的な笑みを浮かべてみせる。そして、男がすぐ近くにいるにも関わらず、後孔を弄り続けた。
 糊のきいたシャツの隙間から指を飲み込んでいる孔が見えて、男はそこから目が離せなくなる。そこは普段から男を受け入れているだけあって、難なく指を咥え込んでいた。指が抜き差しされる度に収縮する様は、ペニスが包み込まれたときの快感を想起させ、男の下半身に熱を灯す。
「ちゃんと、僕を見てて」
 そう言ったニールは自分の快感を追いかけて、目を閉じて手を動かしている。短い呼吸の合間に、時折微かな喘ぎ声が混じる。そうやって自分の世界に没頭しておきながら、ニールは男に見せつけるようにわずかに臀部を傾けた。
 溶けたジェルがアナルから掻き出され、薄い尻の表面を流れ落ちてシーツを濡らし、シミを作る。
 欲を煽るしぐさに、男の思考は『どう話し合おう』から『どう白状させよう』へと移ろいでいく。やられっぱなしは性にあわない。
 沸き上がる乱暴な欲を押さえ込み、男は再び手を伸ばした。つ、と指先でニールのつま先に触れる。
「っ、だめだって言って……!」
「触ってない。俺が触ってるのは靴下だ」
 そう言われたニールは、ぐっと言葉を飲み込んだ。確かに、男の指先は布地の表面をなぞるばかりで、ニールの脚を掴んだりはしない。触れているとも、触れていないとも言えないギリギリの力加減で、男はゆっくりと指を動かした。
 爪先に触れていた指が足の甲をなぞる。隆起した骨の上を時間をかけてたどり、くるぶしの周りをくるりと撫でて、足首を這い上がった。ゆっくりと上ってきた指先は靴下のふちでぴたりと止まり、決して肌には触れない。
 ニールが触覚として男の指を感じているかというと、そうではない。なにしろ、男の手は布の表面をなぞるばかりで、触れているのも爪の先程度だ。それなのに、ついその動きを目で追ってしまい、体内に埋めたままの指を動かせなくなる。
 男はちらりとニールの表情を見て、すぐに視線を戻した。靴下のふちを辿って行った指先が、ソックスガーターに辿り着く。そして、靴下との接続部分に触れたかと思うと、さらに上部に上って行った。
 男の指がガーターをなぞる。直接肌に触れないように、慎重に。
 先程宣言したとおり、男はニールには触れなかった。気配だけを確実に伝えながら、装飾品だけに触れる。男の手が繊細に動き、細いベルトをじっくりと指の腹で撫でる。
 ガーターが急に熱くなるはずもないのに、ニールにはそこが熱を持っているように感じられた。じくじくと、触れられていない脚にまで熱が籠っていく気がして、ニールは、はっ、と息を吐き出す。
 男はベルトを指の背でひとしきり撫でて、再び手を下ろしていく。そして、ガーターの留め具に手をかけた。小さな音を立てて留め具が外れ、靴下とガーターが離れる。男は布地の表面をつまんで引っ張り、できた隙間に中指の先を引っかけた。
 数センチしかない隙間に男の指が挿し込まれる。布の中に消えた指先が曲がり、靴下の形を変えて押し上げる。時折手の角度を変えながら、男は靴下を下ろし始めた。ニールに直接触れないようにしているせいで、男の指は布地を押し上げたり、引っ込めたりしながら進んでいく。
 前戯を連想させるその動作に、ニールの後孔はきゅうっと締まった。それを男は見逃さず、小さく笑って、ぐっと布地を押し上げた。
「ぁ……っ」
 ニールの口から堪えきれない声がこぼれ落ちる。だが、それに構わず、男は手を動かし続けた。時間をかけて靴下が下げられていき、うっすらと圧迫されていた痕が残る肌が見え始める。やがて男の手はくるぶし近くまで辿り着き、より強く布を引っ張った。
 そのとき、かかとに向けて布を引き下ろそうとした男の指の背が、ほんの少し肌を掠めた。その瞬間にニールの脚が小さく跳ね、その衝撃で体内を押してしまったらしい。甘い声をあげたニールは、慌てて足を男の手元から離した。
「ッ、触ったから、おわりだ……!」
「確かに、今のは俺の失態だ」
 男は両手を上げて降伏を示す。
 ニールは震える吐息を堪えているにも関わらず、引くつもりはないらしい。男を睨むように見上げながら再び指を動かし、入り口を擦り始めた。近くに転がっているチューブからジェルをつぎ足し、わざと音を立てて体内をかき混ぜる。
 男は黙ってニールの行動を見守っていたが、しばらくすると、自らのベルトに手を伸ばした。金具をゆるめ、トラウザーズの前をくつろげていき、下着の中で張り詰めているペニスを取り出す。そして、しっかりと上を向いているそれをおもむろに扱き始めた。
 それを見ていたニールの半端に開いた唇から、戸惑いの声がこぼれ落ちる。
「なに、して……」
「お前だってひとりで楽しんでるんだ。俺もやっても構わないだろう」
 そう言って、男は自らの性器を握る手を上下に動かす。男の行動を止める理由がないニールは、男の手つきを意識しないよう、自分の後孔に集中しようとした。
 だが、男はそんなことはさせまいと、ニールの手の動きに合わせて自身を扱いた。ニールの指が動けば、男の手も動く。ニールがアナルの浅いところを弄ると、男はペニスの先端を撫でる。そんなふうに、男はニールに挿入しているときのことを頭の中で描きながら、快楽を追っている。
 徐々に男の息が上がり始める。吐息が熱を帯び、腰が揺れる間隔が少しずつ短くなる。
 最初はニールの動きに男が合わせていたはずなのに、今や、立場は逆転していた。男の腰の揺れに合わせてニールの粘膜がわななく。自分の指なんかでは足りないと、腹の奥がきゅうきゅうと隙間を埋めようとする。言うことを聞かない身体を抱えて、ニールの瞳に涙の膜が張った。
 男は眼下で震えるニールの痴態に興奮し、それを隠さず、乾いた唇を舐めた。
 ニールがすっかり余裕を失っていることは、男はとうに気付いていた。シャツの裾から覗く腹部までもが赤く染まり、震える脚の間で硬くなったペニスは先端から先走りをこぼす。長い指を飲み込んでいるアナルは何度も収縮して、もっと大きなものを求めている。
 ニールの身体が表している反応すべてが、男の理性を剥ぎ取っていく。もっと快楽を与えて、訳がわからなくなるくらいどろどろにしてやりたいと、そんな願望が男の頭をもたげる。この男の中に挿入して熱い粘膜に包まれたいと、そう思う度に手の動きは早くなる。
 ニールが自分と同じように負けず嫌いなことも、意地を張っているだろうことも知っている。それでも、はやく、はやく欲しがってくれと願った。
「っ、ニール……!」
 男が思わずといった様子でそう呟くと、ニールは後孔から指を引き抜いて起き上がり、男の唇に噛み付いた。帰ってきたときと同じように、すべて食らい尽くす勢いで唇が重なる。
 男はそれを受け止めながら、キスの合間に小さく笑った。
「お触り禁止なんじゃないのか?」
「そんなの、もう無効だ。君のせいでね……っ」
「なら、我慢は必要ないな」
 そう言った男はニールの腰を抱きしめ、シャツの中に手を潜り込ませた。汗ばんだ背中が手のひらに吸い付く。シャツを脱がせるのももどかしく、布の上からニールの胸の尖りを口に含んだ。唾液を吸ったシャツの色が変わり、ほんのりと色付くそこを際立たせる。
「はぁ、あ……ッそこは、いいから、早くっ」
 ニールは座っている男に慌ただしく乗り上げて腰をまたぎ、これ以上ないほどに潤っている後孔を押し付けた。やわらかい入り口に性器の先端を擦られて、男の腰が甘く痺れる。
「ニール、ッスキンを」
「むりだ、まってられないっ」
 男の言葉を遮り、ペニスを手で支えながら、ニールが腰を落としていく。熱い粘膜に包み込まれて、男はわずかに呻いた。ニールの腰が落ちていくほどに腸壁が蠢き、男をさらに奥へと誘い込もうとする。その動きに逆らわず、ぐ、と大きく揺すると、ニールの脚から力が抜けて、男の上に座り込んだ。
「~~……ッ、ぁ、ふかいぃ……」
 そう言って、ニールは男の首にしがみついた。
 ペニスの先端までみっちりと粘膜が吸い付いてきて、男は堪えきれない息をこぼす。ニールが落ち着くのを待ち、あやすように背中をとんとんと叩いてやると、ニールはそっと顔を上げた。
 男は随分と久しぶりにニールを正面から見た気がして、じっくりとその顔を見上げた。しっかり固められていた前髪が崩れ、汗ばんでいる額を隠す。眉尻が下がり、頬を真っ赤に染めている姿は普段より幼く見える。しかし、蕩けた目元も、緩んで開きっぱなしになっている口元も、明確に快楽を表していた。
 ニールはゆっくりと顔を近付けて、男の唇に噛みついた。だが、先程までの勢いはなく、かぷかぷと可愛らしい甘噛みになっている。
 男はある程度好きにさせてから、口内に舌を潜り込ませてニールの舌を絡め取った。やわやわと噛んでやると、もどかしそうにニールの腰が揺れる。だが、身体を上下させるほどの力が脚に残っていないらしく、男の下腹部に押し付けるだけに終わった。
「ねえ、ちゃんと、っ、突いてくれ」
「先にイタズラしたのはお前だろう?」
「ぼくが悪かったから、はやく、っ」
 ニールは焦れた様子で男の頬に何度もキスをする。男は同じようにキスで返して、真剣な表情でニールを見上げた。
「約束してくれ」
「ん、っなに……?」
「何にイラついてたのか言うって」
「そ、れは……やだ」
「なら、このままだな」
 固定するように胴体を両腕で抱きしめ、わずかに湿ったシャツに顔を埋めると、ニールはそこから逃れようともがいた。
「っ、きみだって、つらいくせに……」
「俺はこのままでも気持ちいい」
「なんだよ、それ……ッずるい」
「ほら、どうする?」
 少しだけ大きく揺すってやると、中の膨らみも奥も擦れたのがわかった。ニールの身体がびくびくと震えて背中が丸まる。
 ニールは腹の底から沸き上がる感覚に翻弄されそうになりながら、少しだけ悔しそうに言葉を紡いだ。
「あっ、ぅぅ……ッ、いう、言うから、っぼくを、きもちよくして?」
 そう言われては断る理由もなく、男は強く腰を打ち付けた。繋がっている箇所から這い上がってくる快感に脳を支配される。一番深いところをペニスの先端で押し上げると、ニールの身体は大袈裟なくらいに跳ねた。しがみ付いてくる腕に一層力が入り、肩に額を押し付けてくる。そのしぐさで、ニールの限界が近いことを悟った。
 ニールの腰を抑えて、一際強く性器を押し付ける。すると、粘膜がぎゅうっと締まり、肩に押し付けられた口から悲鳴に近い嬌声が聞こえてきた。
「アッ、あ、ぁ――……っ、ぅ、んん……!」
「……っ」
 ニールのペニスから精液が溢れ出し、シャツを汚す。白い体液を吐き出している間もニールの痙攣は止まらず、赤くなっている耳に男が唇を寄せると、目の前にある肩がびくりと震えた。それに気をよくして耳たぶを噛み、舌でふちをなぞる。そうしている間に、ニールのペニスは再び硬くなっていた。
 すぐに射精してしまわなくてよかったと、男はこっそり笑う。
「っはぁ、すごい、もっと……」
「ああ、ッ、俺も足りない」
 男が顔を寄せると、ニールの顔が降りてくる。そのまま自然と唇を合わせた。さっきよりも緩やかに快楽を味わい、熱を分け与える。シャツ越しでは足りなくなった男は、ニールのネクタイに手をかけた。

  *

 身に着けていたものをすべて脱ぎ捨て、何度も体勢を変えて交わったあとでは頭が回らず、二人揃ってぐったりとベッドに寝転び、仮眠を取った。
 深夜、男の方が少し早く目覚めてニールの髪を撫でていると、人の気配を感じたのか、ニールもゆっくりと目を開けた。数回まばたきを繰り返し、男の顔を確認したニールの頬が緩む。
 下着姿のままベッドルームを出た男は水を持ってベッドに戻り、それをニールに渡した。そして、さっきまで寝ていた場所に腰かけ、ニールが一息ついたのを確認してから問いかけた。
「それで、何が原因だったんだ?」
「え?」
「言うって約束しただろう」
「あー……やっぱり言わなきゃダメ?」
「言ってくれないと、この先もずっとわからない」
「まあ、そうか……」
 ニールはため息交じりにそう応えた。ペットボトルを枕元に置いてうつ伏せになり、枕を抱きかかえるように顔の下に挟む。そして、小さな声で呟いた。
「君が、他のひとに目を奪われてるのが嫌だった」
「……いつ?」
「パーティ会場で」
「そんなことあったか?」
「あった。ほら、気付いてないだろ。無意識が一番たちが悪い」
「見間違いってことは?」
「ないね。……だって、すごく優しい顔してた」
 無意識ってことは、本心ってことだ。そう続けて、ニールは唇を尖らせた。
 男は必死に記憶を手繰り寄せる。ニールがそこまで言うということは、勘違いではないのだろう。だが、やはり心当たりがない。ニールと特別な関係になってからはこの男一筋で、もともと惚れっぽいたちでもない。
 難しい顔をしている男が、なんとか解決しようと口を開く。
「悪いが記憶にない。誰のことかわかるか?」
「君が一番長く話してた女の子だよ。青いドレスの、背が低い……」
 ふて腐れた声でそう言われ、男は数時間前に話した女性のことを思い出した。そして、ニールが言っていることの心当たりに行き着いた。ニールの顔を見ていたはずの男の視線がふらふらと宙を泳ぐ。顔に熱が集まるのを感じて、男は口元を手で覆い隠した。
 その一部始終を見ていたニールは、眉をひそめて視線を落とした。
「……なんだ、自覚あるんじゃないか」
 ぽつりと呟いた声は小さい。男は落ち込んでいる様子のニールを見下ろし、おずおずと口を開いた。
「……いや、違う。あれは、お前のことを思い出してたんだ」
「……え?」
「お前だよ、ニール。彼女とお前の香水が同じだったんだ。ブロンドで、くっきりとした眉で、なんとなく印象が重なるなと、そう考えてた……」
 男はニールを見れないまま話し続けた。ニールが使用している香水はユニセックスのもので、女性がつけていてもなんらおかしくはない。女性に対してどうこう思うことはなく、ただ、好きな香りだと、そう思っただけだ。それが無意識に顔に出ているとは、これっぽっちも思っていなかった。
 最後まで聞いていたニールの顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。ニールはそれを誤魔化すために、勢いよく枕に顔をうずめた。下敷きにされたふかふかの枕の中から、赤い顔をした哀れな男の声が聞こえてくる。
「ああーー……なんだよ、それ……僕が勘違いしてただけじゃないか……」
「まあ……そうだな」
「……やっぱり言わなきゃよかった」
 もそもそと喋る姿が段々可愛らしく見えてきて、男はニールの頭を撫でた。枕では隠しきれていない耳や、うなじまで真っ赤になっている。男は吸い寄せられるように、赤いうなじに口付けた。
 そのとき、ふと息を吸い込むと、汗のにおいに混じって、微かに甘い香りがした。
「ああ、この香りだな。でも、お前がつけてるときの方が好きだ」
 男がニールの首元でそう囁くと、ニールは勢いよく顔を上げてうなじを手のひらで隠した。顔がぶつかりそうになったが、男は持ち前の反射神経でそれをかわす。
 顔を正面に向けると、真っ赤な顔と、羞恥で潤んだ瞳が目の前に現れて、男は思わず噴き出してしまった。
「っ、きみのせい、だから!」
「ああ、知ってる」
 ほとんど八つ当たりとも言える言葉を受け止めた男は、ニールの熱を持った頬を撫でる。そして、知らぬ間に、このめちゃくちゃな男が自分の中にすっかり根付いてしまったことに気付いて、困ったように笑った。

error: 右クリックは使用できません