誘拐されて、その間の記憶がないサムが前だけでいけなくなっちゃう話。シリーズ後半くらいのできてない兄弟。がっつりR18シーンはD/Sのみ。
モブサム要素はありますが、描写はあまりないです。モブは最後まではしません。サム×モブ女性描写が少しだけあるので、苦手な方はご注意ください。
※性暴力の表現があります
※薬物使用に近い表現があります
※同意のない性行為描写があります
目を覚ますと見知らぬ天井があった。それから、清潔なシーツにベッド。腕に巻かれた包帯に、薄手の検査着。そこまで確認して今自分がいるのが病院だと理解した。
だが、どうしてこうなったのかが思い出せない。上半身を起こし、最後の記憶を手繰り寄せようとしているところで、病室のドアが開いて兄が姿を現した。目が合ったディーンが一つ息を吐く。そして、手にしていた端末をポケットにねじ込んで近付いてきた。
「目、覚めたのか」
ベッドの傍に置いてある椅子に座ったディーンに苦笑で返す。目覚めたのか、と言われても、気絶したことも病院に運ばれたことも思い出せない。
「なんで僕は病院に?」
「覚えてないのか?」
「狩りを終わらせたのは覚えてる。けど、その後は曖昧で……頭の中に靄がかかってるような感じがするよ」
僕の返答に眉をしかめて、ディーンは大袈裟にため息を吐いた。
「お前、攫われて監禁されてたんだよ」
「……覚えてない」
「みたいだな。詳しい話は後だ。医者を呼ぶから待ってろ」
言いたいことを言ったディーンは僕の返事を確認せずに部屋を出てしまった。話し相手を失った僕は、仕方なく横になって天井を眺めながら思考を巡らせ、記憶を手繰り寄せる。
なんとか思い出せたのは、ぼやけてぐらぐらと揺れる視界。目を開けているのか、閉じているのかもよくわからず、感じる世界の全てが遠く、音がやけに響いて聞こえて脳を揺さぶってくる。
『――厶、サム!サミー!』
膜一枚隔てた向こうで誰かが呼んでいる気がした。
粘ってみてもそれ以上思い出すことはできず、静かに息を吐き出す。ディーンが言っていたことはおそらく事実だ。手首に巻かれた包帯は、拘束されていたときにできた傷を覆っているんだろう。それ以外に大きな傷は確認できなかったが、顔や首には細かい擦り傷がついているようで、触れると微かに痛んだ。
覚えていないが、何かヘマをしたことは間違いない。悪魔か、他の怪物か、とにかく自分の不甲斐なさに情けなくなって目を閉じる。
そうして数分は待っただろうか。ディーンと共にやってきた医師に診察され、退院の許可が下りた。僕が眠っている間に検査は終わらせていたらしく、診察は随分とあっさりしたものだった。まあ、長居したい場所でもないからありがたい。
病室を出ていく医師を見送り、渡された服に着替える。見慣れたジーンズとネルシャツ。最後に携帯電話を受け取って、そこに表示された着信履歴の数と日付に思わず目を見開いた。
「一週間……?」
着信履歴のほとんどはディーンからのもので、誘拐されていたということなら納得できる。
問題は日付の方だ。表示されている文字は、最後に狩りをしたと記憶している日付から一週間も経過していることを示していた。
さっと血の気が引いた気がしたのは、その間の記憶がすっぽりと抜け落ちていたからだ。そんなに長い時間眠っていたとしたら、それはもう気絶ではなく昏睡状態だろう。だが、身体にそんなダメージは負っていない。
頭が追い付かず、端末を握り締めたまま固まった僕を横目で眺めて、ディーンは再び眉をしかめた。
「だから、監禁されてたって言ったろ?」
「一週間も?何も覚えてないなんて……」
「正確には五日と半日。後で説明してやるから、とりあえず出るぞ」
僕の言葉を遮ってディーンはそう言った。ほら、とインパラのキーをちらつかせながら促され、しぶしぶ口を噤んでディーンの後をついていく。
入院していたのが、最後に狩りをした場所からそう遠くない地域にある、あまり大きくない病院だったということが外観でわかった。
ディーンはこんな場所に用はないと言わんばかりに、振り返ることなく真っ直ぐに駐車場に向かっていく。
兄に導かれ、慣れ親しんだ黒い車体を見付けてようやく安堵の息を吐いた。助手席に乗り込み、キーが回されるのと同時に感じる振動と音は、記憶の中と何一つ変わりない。そういった一つ一つのことに安心してしまう自分に気付いて、思っていたよりも不安だったらしいとわかり、一人苦笑を浮かべた。
動き出したインパラは、病院から少し離れた場所にあるモーテルで止まった。ディーンは既に何泊かしていたらしく、室内には荷物が雑然と散らばっている。その荷物の中には街中にある廃墟や倉庫のリスト、呪いや道具の資料が積み重ねられていて、随分と心配をかけてしまったことがわかって胸が痛んだ。
そうして室内を確認している間にディーンはテーブルの上に置かれていた空き瓶やごみを除けて、モーテルに来る途中に買っていた食事を並べていた。
「突っ立ってないで、まずは食えよ」
そう言って差し出されたパックを見ると、確かに空腹を感じて微かに胃が痛んだ。それを誤魔化すように軽く腹部を撫でて椅子に腰かける頃には、ディーンはさっさとバーガーにかぶり付いていた。自分の前に置かれたサラダを確認してフォークを手に取る。さすがに退院直後に「肉を食え」とは言われないらしい。
フォークに突き刺した野菜を一口飲み込んで、肉を咀嚼しているディーンに視線を向けた。
「で、何があったんだ?」
そう問いかけると、ディーンの顔がわかりやすく歪んだ。眉間に皺を寄せて口の中の物を飲み込む。
「おい、今かよ」
「説明するって言っただろ?モーテルに着くまで待ったよ」
はぁ、と大げさにため息を吐いてみせたディーンはもう一度バーガーにかぶり付き、それを噛み砕きながら言葉を探していた。
「ネイサン、わかるだろ」
「ネイサンって、あの?この前の狩りにも協力してくれた……」
「ああ、そのネイサン。そいつが犯人」
ディーンは投げやりにそう言ったが、僕は驚きのあまりフォークを動かしていた手が止まった。
ネイサンは親父より少し年下のハンターだ。特別親しくもないが、全く関わりがなかった訳じゃない。親父が若い頃には協力し合っていたこともあったはずだ。
混乱する頭で兄が犯人だと言った人物と接触したときのことを思い出そうとしたが、思い出せたのは、情報を提供してもらったときに受話器越しに聞いた声のぼんやりとした印象だけだった。
そろりと兄の様子を窺ってみるが、不機嫌そうだということ以上の情報は得られない。フォークを握る手にわずかに力が入る。それを誤魔化すように、パックに入った野菜を突き刺した。
「悪魔でも魔物でもなく?」
「そうだ。だからお前を見つけ出すのに時間がかかった」
苛立ちをぶつけるようにバーガーに噛みつくディーンを見て、それが事実だとわかった。想定していたのとは違う事態に胸の奥が冷えていく。そのまま積極的に食事を続ける気になれず、穴の開いた野菜を何度も突き刺した。
「なんでネイサンが……」
「メダイだ」
「メダイ?」
「奇跡のメダイだかなんだか、とにかくまじないがかかったやつで、そいつを探してたらしい。で、メダイが親父の倉庫にあると思って俺らから聞き出そうとしたんだと」
そこまで説明し終えたディーンは最後の一かけらを口に放り込んで、バーガーの包みをぐしゃぐしゃに丸めてごみ箱に向かって放り投げた。それから僕の前に残ったままのサラダを見て顔をしかめる。兄からの無言の圧を感じて、僕は無残な姿になった野菜をもそもそと口に含んだ。決して美味しいとは思えないそれを、体力回復のためだと念じながら飲み込んでいく。
五日間も捕まっていた僕をディーンとキャスが助けてくれたのだと車の中で聞いたことを思い出し、ふと、その後のことを失念していたことに気が付いた。犯人は魔物だと思っていたから、殺されたんだろうと思っていたのだ。
「それで、ネイサンは?」
「あ?」
「どうしたんだ?」
「別にどうもしねぇよ」
さっさと話を終わらせようとしてビールを煽るディーンをじっと見つめる。その視線に気まずくなったのか、ディーンは瓶をテーブルに置いて肩を竦めた。
「腕を折って放り出した。それだけだ。殺しちゃいねぇよ」
その言葉にほっと息を吐く。怪我をしたという点は可哀想に思わないでもないが、誘拐犯だと考えれば仕方がないだろう。
それ以上言葉を見付けられずにいる僕に向かって、床に積まれた資料の中からディーンがメダイの記事を投げて寄越した。それに目を通して、ようやくネイサンの行動に納得することができた。
そのアイテムは盗んだのでは意味がなかった。正式に譲り受けなければ、奇跡は呪いとなって返ってくる。だから、僕を捕らえて手に入れようとしたんだろう。
そこまでは想像できた。だが、僕には肝心の捕まっている間の記憶がない。何も思い出せないというのは、どうにも落ち着かない。手にした資料をテーブルに置き、ディーンに向き直る。
「どうして僕は覚えてないんだろう?」
「……」
「ディーン」
「……薬のせいだろ」
「薬ってなんの?」
「まじないの薬。自白作用と、意識と記憶を混濁させる効果があるらしい。犯罪者の味方みたいなクソ魔術だよ」
ディーンはそう言い終わるのと同時にビールを飲もうとして、空になったそれを苛立たし気にテーブルに置いた。ディーンの苛立ちは犯人に向けられているもののようだ。怪我をさせたくらいでは怒りが収まらなかったんだろう。心配してくれているのはわかっているが苦笑してしまう。
冷蔵庫から新たなビールを取り出したディーンは僕の表情に気付き、ますます眉間の皺を深くした。
「しばらくはヘタなことすんな。狩りも休み。体に問題ないってわかるまで勝手にフラフラすんなよ。いいな?」
一気にそこまで言い切って、ディーンは自分のベッドに寝転んだ。ビール瓶を片手にテレビのチャンネルを変えている。
僕には反論する余地など残されておらず、仕方なく少しだけ過保護な兄に付き合うことにした。