ダンブルドア先生は美しい鳥を飼っている――という噂が生徒の間を飛び交っていたのは一昔前の話になる。どれだけ時間が経っても鳥の姿が変わらず、鳥とアルバスが接触している場面を実際に見た者も現れなかったため、いつの間にかその噂話は廃れてしまった。今では『鳥の正体は、禁じられた森に住んでいる魔法動物の一種ではないか』というのがもっとも有力な説となっている。そんな有りさまなので、その鳥と現校長の古い噂話を知っているのは、ホグワーツの卒業生でもある教師たちと、在校生の親にあたる世代の者くらいだ。そして、真実に勘付いている者は、その世代の中でもさらに一握りしかいない。
ゲラートもアルバスも、もともと鳥の存在を流布するつもりなどなかったものだから、校内で流れる噂の変化はむしろ好ましく、推移のままに放っておいた。噂話が変化していくにつれて、ゲラートなどは、鳥の姿で動き回りやすくなった――と気楽に考えたくらいだ。事実、白銀の尾羽を持つ鳥はすっかりホグワーツ城の風景に馴染み、上空を飛んでいるくらいでは気にする者はほとんどいない。
ゲラートはそんな環境を利用し、情報収集と銘打って、思うままに敷地内を飛び回っていた。今日もいくつかの教室を覗き見て、生徒の動向を探ってきたところだ。今は、午前中最後の魔法薬学の授業を窓辺から観察している。
子どもたちがノートを取り、実際に薬草を扱う姿を静かに見ていたゲラートだったが、授業が終わりを迎えたタイミングで突然興味を失ったかのように窓際から飛び立った。そのまま浮上して、城の中でも高所にあたる塔の一角に降り立ち、翼を折りたたむ。これから昼休憩をとる生徒たちは、各教室を出て、友人と笑い合いながら校舎を移動し始めていた。それを遠くから見下ろして、ゲラートは鋭く目を細める。
一人の生徒が誰と話すでもなく教室を出て行く姿を、睨むようにしてじっと見守る。廊下を歩く生徒は幾人もいたが、ゲラートの色違いの瞳はその少年だけを見つめていた。細かなしぐさや視線のひとつひとつまで、余すことなくつぶさに観察し続ける――
「首尾はどうじゃ?」
突如、背後から聞こえた声に驚いて、思わず羽ばたいてしまっていた。ばさ、と翼が空気を掻く音が塔の中に響き、続いて小さな含み笑いが聞こえてくる。その声の主が誰なのかゲラートはすでに知っていたし、自分のうしろでどんな表情を浮かべているのかも想像がついていた。人間よりも小さな体を起こして背後を見上げる。そこには、数年前にこの学校の校長に就任した恋人が立っていた。真っ白いひげと腰まで伸びた髪をたっぷりと蓄え、ローブに身を包んだ姿でゲラートを見下ろしている。半月型のレンズの奥にあるブルーの双眸はゆったりと弧を描いているが、微笑みというには少々物騒な目つきだ。上機嫌……なわけがないとわかっていながら、ゲラートはひと鳴きもしない。
「何か収穫はあったかのう?」
アルバスはゲラートの反応を無視してもう一度問いかけた。しかし、ゲラートは応えない。そのうえ、今度はアルバスまで黙り込んでしまった。
二人は何も言わずに見合っている。体躯はまったく違うが、その瞳に宿る剣呑な光の強さはどちらも引けを取らず、ここを生徒が通りかかっていたら何事かと怯んでいたことだろう。だが、幸いなことに近くを通る人間はおらず、賑やかな話し声は遠くから聞こえてくるばかりだ。アルバスもゲラートもそれをわかっているからこそ、互いに引こうとしなかった。そのせいで膠着状態が続いていたが、やがて、先に視線を外したのはゲラートの方だった。やはり鳴き声ひとつ発することなく、力強く翼を動かして体を浮かせて、アルバスに背を向けて塔から飛び立つ。
その一連の動作を見ていながらも、アルバスは杖を抜こうとはしなかった。引き止めもせず、黙って鳥が飛び立っていく姿を見送る。
鳥の存在を象徴しているかのような白銀の尾羽が太陽光に紛れて見えなくなるまで、アルバスはその場から動かなかった。
その日の夜、ゲラートは一人で遅い夕食をとっていた。なんのことはない、ホグワーツから戻ってきたあと、最近調べていたことを資料としてまとめていたら遅くなってしまったのだ。ダイニングテーブルに腰掛け、自ら用意した豆のスープとパンとステーキを黙々と口に運んでいく。そうして残りわずかになったスープをスプーンで掬い上げたところで玄関のドアを叩く音が室内に響いて、ゲラートは眉をひそめた。
今日は来客の予定はない。しかも、この家に正しく辿り着ける人物は限られている。招かれざる客人は、中に入ろうとした瞬間にどこにも辿り着けなくなる……そういう魔法がこの家には仕掛けてあるのだ。見かけがボロ屋なせいで肝試しの対象となり、消息不明になりかけたマグルの若者をアルバスが救出したことが実際に何度か――もちろん、すべてしっかりとオブリビエイトしたが――あったくらいだ。それほどまでに厳重な魔法なのだから、鍵を持っている人物以外がドアを叩けるはずはない。そして、予告もなしに訪ねてくる相手など、一人しか思い浮かばなかった。
どうせ昼のやりとりについてだろう、と推測したゲラートは、しかめ面のままスプーンをテーブルの上に戻して立ち上がった。その表情は、恋人を迎えに行く男のそれとは思えないほど曇っている。
いくら話し合ったところで、平行線を辿るだけだということはわかりきっていた。なにしろゲラートは、己の手でホグワーツの生徒を葬る方法を画策しているのだ。たとえ、実行は卒業後になるとしても、アルバスはその行為を決して許しはしないだろう。だが、ゲラートもこればかりは譲れない。ほかのことならいくらか折れることもできただろうが、今回ばかりはそうはいかなかった。
物騒なことを考えていると悟られないように表情を取り繕い、ゲラートは玄関のドアを開ける。そこには、予想通りアルバスの姿があった。アルバスは、両腕に収まる大きさの包みを抱えて笑顔を浮かべている。
「どうしたんだ? こんな時間に。今日は約束はなかったと思ったが……」
「チョコレートに合うからとブランデーをもらったんじゃが、一人では飲みきれんのでな。一緒にどうじゃ?」
アルバスが包みの端をつまんでめくると、布の下から、ボトルの細長く伸びた注ぎ口が現れた。わざわざ手土産を持ってやってきた恋人を追い返すこともできず、ゲラートは身を引いてアルバスを家の中に招き入れる。
「たいしたつまみは用意できないぞ」
「菓子なら持ってきておる。君の分もあるぞ」
勝手知ったる……という様子でいそいそと室内に足を踏み入れたアルバスは、部屋の中ほどまで進んだところで小さく声をこぼした。ドアに鍵をかけたゲラートが振り返ったタイミングで、アルバスから「もう夕食を終えた頃合いだと思ったんじゃが……」と、食事を中断させてしまったことへの謝罪の言葉が飛んでくる。先程の声は、食卓に残されていた皿を見つけたときに発したものだったらしい。ゲラートは球状の凹凸が特徴的な杖を取り出して一振りし、残飯ごと食器をキッチンに向けて浮遊させる。
「別に問題はない。ほとんど食べ終わっていたからな」
その言葉に対して再度謝るアルバスをソファへと促し、みやげの品を包みから出しておくように頼んで、自分は二人分のグラスとつまみの豆類を持ってリビングに向かう。そして、アルバスの隣に腰掛けて、透明なグラスにブランデーを注いだ。開封した瞬間にわかるほどの芳香が周囲を包み込む。アルバスはこれを贈った人物について言及しなかったが、上等な品であることは間違いない。
今日も無事に一日を終えたことに乾杯して、それぞれのグラスに口をつける。アルバスは菓子をよく食べた。良質なブランデーはただの名目で、目当ては甘い菓子の方だったのだろう。ブランデーをつまみに菓子を食べている、と言った方が正しく思えるペースだ。一方のゲラートは、食後だということもあって、つまみにはほとんど手を付けなかった。アルバスの胃の中に消えていく菓子を眺めながら、アルコールがゆっくりと内臓を焼く感覚を楽しんでいる。
ゆったりと過ぎていく時間の中、それぞれがブランデーと菓子を味わい、舌鼓を打っていた。しかし、会話が弾んでいるとは言い難い。二人とも口にはしていないが、何が本題なのか理解しているせいだ。元々、ほかの誰よりも互いの思考を理解し合える仲だったが、和解してから過ごしてきた年月がそれを助長した。普段ならこの性質が有利に働く場面の方が圧倒的に多いが、こういうときは雑談のしらじらしさも増してしまう。だが、言葉でこの場を戦場にするつもりはどちらにもなかった。
一口大の包み紙から取り出したチョコレートを口内に放り込み、ゆっくりと溶かしながら、アルバスはさりげなく杖を取り出した。持ち手の上部がねじれた形状の杖をゆるりと振ると、かたん、という音と共に壁際にある蓄音機の針が下りて、側面についている取っ手が動き出し、ゆるやかに音楽を奏で始める。室内に響き渡ったのは、アルバスが好んで聞いているマグルの音楽だ。この機械自体、アルバスのために用意されたものであったから、ゲラートはその行為を咎めたりはしなかった。心地よさそうに音楽に耳を傾けている恋人を横目に見て、グラスを煽るだけだ。
そんなゲラートの隣で、アルバスも一応はブランデーを楽しんでいた。しかし、そのペースにはかなりの差がある。ゲラートとは違い、アルバスは、ちびりとグラスに口をつけてはすぐにチョコレートに手を伸ばしている。
「食べ過ぎではないか?」
「今日は特別じゃ。少しくらい構わんじゃろう」
「君はそうやって、すぐに〝特別〟とやらを作ろうとするじゃないか」
「ふむ……本当に〝特別な日〟なら構わんのじゃな?」
そう言ってゲラートの顔を覗き込んだアルバスの瞳が、子どものようにきらりと光った。即座にそれに気付いたゲラートは選択を誤ったことを悟ったが、時すでに遅し、思考がそこまで追いついたのはアルバスが立ち上がったあとだった。
持っていたグラスをテーブルの上に置いて、酒と菓子が並ぶローテーブルとソファの間に立ったアルバスが、隣で座っているゲラートに向かって手のひらを差し出す。
「なんだ?」
「ゲラート、わしと踊ってくれませんか?」
まったく予想していなかった言葉を耳にして、ゲラートは目をわずかに大きくしてアルバスの顔を見上げた。手を差し出して待っているアルバスの笑顔には、隠しきれない期待とほんの少しの気恥ずかしさが滲んでいる。ちょうどいいことに、蓄音機から流れているのはしっとりとしたバラードだ。この曲を流し始めたことさえもアルバスの計画の一部だったのだろうか――などと考えそうになって、ゲラートは緩くかぶりを振った。冷戦状態に近かったとはいえ、真摯な申し出を断るのは男が廃るというものだろう。
「私が断ると思うのか?」
目の前にある手を取って立ち上がったゲラートは、握りしめた手をそっと引いてソファとテーブルから距離を取り、リビングの脇へとアルバスを導いた。アルバスは笑みを深めてゲラートに従い、少しばかりひらけた場所に足を踏み出す。そうして蓄音機に近付いたことで、二人は全身が音楽に包み込まれたように感じていた。家具に囲まれた、数人が立てる程度の広さの場所で、ゲラートとアルバスは向かい合う。互いの上半身に手を添え、頬を寄せながら、音楽に合わせてゆったりとリズムを刻む。
「これが君の〝特別〟か?」
「もちろん。一緒にダンスパーティには参加できないからのう。わしにとっては〝特別〟なことじゃよ」
「表立って隣に並ぶわけにはいかないからな」
その言葉を耳にしたアルバスがそっと苦笑する。
「それについては、わしにも責任がある。君をこの手の中に閉じ込めてしもうた」
「馬鹿なことを。私がおとなしく仕舞われているような人間だと思っているのか?」
「まさか。君ほど誰かの下につくのに向いてない男もいないじゃろうて。ただ……わしは幸運だったと、そう思ったのじゃ」
「運がよかったからこうしていると?」
「何かが違えば、こうしていることはなかったじゃろう。それこそ、君が未来を変えると言い出さなければ……。君がそうすると決めたことに、わしは感謝せねばならん」
変わらずゆらゆらと体を揺らしながら、アルバスはより一層声を落として、ゲラートにだけ届くように言葉を紡ぐ。ゲラートは黙ってその声に耳を傾け、次の言葉を待った。互いの顔は見ないままゆっくりと息を吸い込んで、アルバスが続ける。
「だからといって、君の計画を見過ごすことはできん」
「それが私の悲願だとしてもか?」
「わしは欲張りでな、教え子の命も、君の魂も、失いたくないんじゃよ。それに、わしはまだ生きておる。時間はあるんじゃろう?」
「あと十年か、二十年かはわからないがな」
「それだけあれば十分じゃ。できることはある。……ところで、君の狙いは誰じゃ? わしの見立てではスリザリンか、グリフィンドール……」
「……セブルス・スネイプだ」
善行を乞う真剣な口調の中に好奇心が見え隠れしていることに気が付いたゲラートは、呆れをたっぷりと含んだため息と共に答えた。「……やはりそうか」と耳元で呟く声を聞き流し、ここ最近、観察していた生徒の顔を思い出してわずかに顔をしかめる。
その特殊な眼で未来を垣間見た瞬間から、アルバスを殺す男の顔を反芻し続けてきたゲラートは、男の面影を宿す子どもが入学してきたことには早くから気付いていた。入学当時は幼すぎて半信半疑だったが、成長してきた近頃では、その子どもが将来の殺人者だと確信をもっていえる。
セブルス・スネイプ。半純血のスリザリン生。優秀で闇の魔術への造詣が深い、ブルネットで顔を隠して歩く陰気な男――
「憎いか?」
静かに刺すようなアルバスの声が、ゲラートの物騒な思考を遮った。アルバスはそっと顔を上げて間近からオッドアイの奥を覗き込み、もう一度「まだ起きていない未来でも、憎いものか?」と問いかけた。半月型のレンズの向こうから覗くブルーは、憂いを帯びながらも鋭く輝く。
「君は、自分の死体を視ていないからそんなことが言えるんだ」
「そう……そうじゃな、そうかもしれん。わしも君の死を視たら、冷静ではいられんじゃろう」
「なら……」
「だが、わしも自分の夢を諦めたくはないのじゃ。もう君と離れたくはない。あの夏のようなことはもう、御免こうむりたい」
そんなふうに過去の事件を引き合いに出されては、もう反論などできるはずがなかった。遠い記憶を辿っているのか、濡れはしないアルバスの瞳がゆらりと揺れる。胸に小さな痛みを覚えて言葉を詰まらせたゲラートは、じっとアルバスの顔を見つめたあとで、大きく長いため息をついた。ゲラートの望みは敵を排除することであって、アルバスと対立することではない。
「……私の負けだ。譲歩しよう」
「ああ、ありがとう、ゲラート。できれば、今後のことは共に考えさせてくれ」
ぱっと表情を明るく変えたアルバスは、ゲラートの手を取って一歩うしろに下がった。そして、繋いだ手を高く上げ、そこを軸にしてゲラートのことをくるりと回転させる。ゲラートが仕方ないといったていでターンしてから元の向きに戻ると、アルバスは軽やかに片目をつぶって出迎えた。気を取り直して再び歩み寄った二人は、今度は見つめ合ってゆっくりとステップを踏み、息を合わせて部屋の中を移動し始める。
「しばらくは様子を見るが、本当にどうにもならないと判断したときは勝手にさせてもらうからな」
「それも致し方あるまい。そのときはそのときじゃ」
「言ったな? 撤回は認めないぞ」
「撤回などせんよ。君がそんなことをしなくても済むように努力しよう」
「まあ、結果がどうなったとしてもその努力は買おう。今は、あの子どもにばかり構ってもいられないだろうが」
そう言ったゲラートは、アルバスの体を支えている腕を緩めて、サイドボードに向かって指を振った。その先でサイドボードの引き出しのひとつが開き、中から紙の束が飛び出してくる。今日、ゲラートが夕食前にまとめていたものだ。何枚にも及んでびっしりと文字が書き込まれた紙が、二人を取り囲むようにして宙を舞う。
それを読むためにアルバスは足を止めた。体勢は変えずにゲラートと向き合ったまま、曲に合わせて体を揺らし、内容に目を通していく。
「ふむ、よくまとめてある」
「この程度なら、騎士団の連中でも理解できるだろう」
「彼らは決して愚かではないぞ、ゲラート」
「だが、我々には遠く及ばない」
「まったく……君が敵じゃなくてよかったと、そう思わずにはいられんよ」
苦笑したアルバスの顔を見ながら、ゲラートはにやりと不敵に笑う。
表舞台から姿を消してからというもの、ゲラートは自由に動けないアルバスの代わりに彼の目となり耳となり、世界中で暗躍してきた。アルバスの右腕である男の素性を知る者はなく、表彰されることもないが、ゲラートの知恵と技術がなければ、遥かに厄介な事態に発展していたであろう事件も多い。そのことは、ゲラートとアルバス自身はもちろん、鳥の正体に勘付いているごく一部の者もよく理解していた。
浮遊している資料をテーブルの上に移動させたゲラートは、重なった紙の束の、一番上の用紙に書かれた『ヴォルデモート』の文字を見て眉をひそめた。紙を睨み付けて、いささか不愉快そうに口を開く。
「私も『あれ』のやり方は気に食わないのでね。このままでは同胞にも被害が増える一方だ」
「やり方の問題ではないが……まあ、そのとおりじゃな。あやつのことは、どこかで止めねばならん」
「久しぶりに腕が鳴るな」
「こらこら、直接やり合うつもりか?」
「君こそ何を言ってるんだ。まさか、我々が揃っていながら、あんな小童に負けるとでも?」
先程とは打って変わって、今度はアルバスが言葉を詰まらせる番だった。すっかり会話の軸を握られてしまったことに小さくため息をついて、ぽつりとぼやく。
「本当に、敵には回したくない男じゃ」
「だが、嫌いじゃないだろう?」
アルバスはとっさに否定できずに、口をつぐんでゲラートを軽く睨み付ける。
そんな恋人の視線を笑顔でいなしたゲラートは、先程のアルバスのマネをして繋いだ手を高く持ち上げ、腕の中にあった体をくるりと回した。足元でローブの裾がひらりと舞う。
ゲラートは、その場で一回転したアルバスの鋭い視線を受け止め、杖を取り出し、周囲に向けて一振りした。途端にそこら中の小物が宙に浮かび上がり、分厚い本やランプが上下左右に揺れて、音楽に合わせて踊り始める。
「今日は〝特別〟なんだったな? ホグワーツと同じとはいかないが、こうすれば少しは雰囲気が出るだろう」
すっかり年老いて白銀に染まった髪と、しわが刻まれた顔の中心で、昔からちっとも変わっていない色違いの瞳がいたずらっ子のような光を宿す。遊び心を隠そうともしない目線で正面から射抜かれたアルバスは、それまでむっつりと口を閉じていたことなど忘れたかのように笑い出してしまった。くすくすという笑い声と、子どもの内緒話によく似た囁き声が音楽に混ざる。
「そう、特別な日じゃからのう。物騒な話は終いじゃ。今日のところはな」
「では改めて……アルバス、手を」
うやうやしく差し出された手を取り、アルバスもまた目を輝かせた。節くれだった手が重なって、互いの動きを導き合う。その手には、いくつかの宝飾品に紛れて、かつて血の誓いだった指輪が飾られている。
対処しなければならない数々の問題を頭の片隅に置きながらも、今だけは……と念じてそれらを忘れ、ゲラートとアルバスは互いの鼓動と音楽に身を任せる。揺らめく灯りと、ノイズ交じりの機械仕掛けのメロディが、その手を離す瞬間まで二人を見守り続けていた。