Naughty man

再録本のBOOSTお礼用小説でした。表題作「そして、ドアは開かれる」のその後の話。

 アルバスからフクロウ便が届いた。木曜日の午後のことだ。
 荷物を置くとさっさとどこかへ飛び去って行ったフクロウが運んできたのは、両腕にすっぽり収まる大きさの包みだった。その包みの外側に封筒が添付されているのを見つけて、荷を解く前にそれを手に取って封を開けた。取り出したシンプルなメッセージカードに目を通す。

『約束を破った罰だ』

 まず、その文字が真っ先に視界に飛び込んでくる。というより、その文章が文面の大半を占めていた。カードには宛名も差出人の記載もなく、その言葉と、日時と場所が記されてあるだけだ。だが、その内容には心当たりがあった。当然、差出人にも。つい先日、こっそりとホグワーツに忍び込んだのが原因だろう。
 他人にこんなことを言われたら少しばかり痛い目をみせてやるところだが、相手がアルバスなら話は別だ。罰とやらの内容を知るためにカードと封筒をテーブルの上に置き、隣に置いていた包みに手を伸ばした。何が入っているかわからないため、慎重に紐解いていく。
 簡単に開いた包み紙の中でもっとも大きく、一際存在感を放っていたのは一着の服だった。普段着より少々フォーマルなスーツが包みいっぱいに、きれいに折りたたまれて入っている。そして、その上には手のひらほどの大きさの箱と、箱と同じくらいの大きさの布の袋が置いてあった。どちらから確認するか少し迷い、両方を見比べて、先に箱の方を手に取る。木製の箱の中には眼鏡が入っていた。黒縁の、どこにでもありそうな品だが、視力矯正が目的ではないようだ。眼前に晒してみても視界が歪むことはなく、眼鏡としての本来の役割を果たしていない。フレームは立派だが、レンズの代わりにただのガラスがはめ込んであるだけだ。眼鏡を元の箱に戻し、ふむ、と声を漏らす。贈り物がスーツ一式と眼鏡ということは『これを着て指定した場所に来い』という意味だろう。では、残りの袋はなんだろうか。ネクタイやピン類なら箱に入れるはずだが、見た目には平面も角も見受けられない。こうなると訝しむよりも好奇心が勝り、今度は迷うことなく袋を手に取った。先程の箱よりいくらか重く、硬さがある。その感触からすぐに、中身は瓶だろうと想像がついた。革ひもを解いて袋を開けると、予想した通りの品が姿を現した。瓶自体の濃い緑色せいで中はよく見えないが、何かの液体が入っている。予想が正しかったことに満足して、自然と浮かんでしまった笑みを隠すことなく、隅々まで確かめる。だが、ラベルらしきものは見当たらない。これには少しばかり困った。肝心の用途がわからないのでは使いようがない。仕方なく蓋を開けてにおいを嗅ぐと、決していい匂いとはいえない刺激臭が鼻を突き、思わず顔をしかめてしまった。独特のにおいはポリジュース薬とどことなく似ているが同じものではない。成分の一部として同じ材料を使っているのかもしれない。おそらくは、飲むことで身体になんらかの変化を促す効果があるのだろう。
「罰というよりゲームだな」
 瓶の蓋を閉めながらひとりごちる。
 こうして衣装を指定して、呼び出した先で何をしようとしているのか知らないが、罰だというからには甘んじて受け入れるしかないだろう。アルバスの部屋以外、ホグワーツ内部には侵入しないという約束を破ったのは事実だ。いつの間に気付かれていたのか不明だが致し方ない。
 これから起こることへの好奇心を隠しきれないまま、受け取ったばかりの荷物を寝室のクローゼットにしまい、約束の日を待った。

 そうしてやってきた、カードで指定された休日の夜。アルバスが用意したものならすぐに効果が切れるなんてことはないだろうとは思いつつも、念のため当日の午後に薬を飲んだ。独特の苦みがある薬を一息で飲み込むとわずかな違和感が全身を流れていき、その感覚が落ち着く頃には髪と瞳の色が変わっていた。髪は宵闇のようなブルネットに、瞳は両目とも落ち着いたアンバーに変化した。肉体の色素を操作する薬だったらしく、肌の色も普段とは少しばかり違って見える。それに加えて、薬と同封してあったスーツと眼鏡を身につけると、自分の姿だというのに普段とは違う印象を受けた。ついでに服に合うように髪をすべてうしろに撫でつけてやると、また少し印象が変わる。
 こんなことで変装になるのかは疑問だが、アルバスのお遊びに乗ってやるのも一興だろう。そう考えて、待ち合わせ時間の少し前に到着するように家を出て、足取り軽くロンドンの中心地へと向かった。
 私がトラファルガー広場に到着したときには、アルバスはもうその場所に立っていた。きっちりとスーツを着こなし、帽子を目深にかぶって、懐中時計を確認している。どんなに人通りが多い場所でもアルバスを見つけるのは簡単だが、今日はその姿を見た瞬間、声をかけるべきか躊躇してしまった。しかし、そうしている間に顔を上げたアルバスが私の存在に気付き、「やあ」とこともなげに声をかけてきた。仕方なく歩みを進めてアルバスの正面に立つ。
「なんだ、その髪とひげは」
「何って変装だよ。君だけ隠れても意味がないだろう? これでも、私も有名人なんだ。不本意ながらね」
 そう語るアルバスの髪は見慣れたダークブラウンではなく、亜麻色に近いブロンドになっていた。しかも、いつも顔の半分を覆っているひげがない。
「顔を見せるのは逆効果なんじゃないか?」
「いやいや、ひげの印象は馬鹿にできないぞ。ひげがない私の顔を見た者は、少なくともここ十年はいない」
 自信たっぷりにそんなことを言うから、諦めの念を込めてため息で返事をする。どうせホグワーツに帰るときには姿を戻せる薬か何かも用意しているのだろう。もう変えてしまったものをどうこう言っても仕方がない。そう自分を納得させて、諦めついでに自分の頭部を指さしてもう一つの疑問を提示する。
「この薬はおもしろいが、変装するなら骨格ごと変えた方がよかったんじゃないか?」
 そう言うとアルバスはわずかばかり目をまるくして、ほんの少しだけ眉間にしわを寄せてから、ふふ、とおかしそうに笑った。
「……骨格ごと変えてしまったら、それはもう君じゃないだろう?」
 それに、マグルにとっては、君は指名手配犯でもなんでもないからね――そう付け加えてぱちりと片目をつむってウインクを投げる。手ずから用意した私の装いについては特に言及しなかったが、どう感じているのかは、弧を描くまなじりとほんのりと潤んだ瞳が雄弁に語っていた。
 私はわずかに目を見開き、それから堪えきれなかった笑みを顔に張り付けた。なんのことはない、罰にかこつけたデートのお誘いだったというわけだ。それがわかってしまうと、今度は少しの加虐心が沸き上がってきた。ほくそ笑み、周囲に怪しまれない程度に顔を寄せて囁く。
「デートがベッドの中だけというのは味気ないものな?」
「……そうだ、一緒に堂々と街を歩いてみたかったんだ」
 小さな声で答えるアルバスが照れ臭そうに帽子を正す。そのとき、ふわりと嗅ぎ慣れないにおいが鼻を掠めた。普段アルバスから感じる甘さや涼やかさのある香りとは違う、たばこの煙のような、くすんだ重みのあるにおい。嗅ぎ慣れない香りに思わず顔をしかめる。
「香水も変えたのか?」
「え? ああ、香水というか香りに影響する薬なんだが、生徒の実験を手伝ってるんだよ。できるだけ多くのサンプルを集めたいと頼まれてね、あとで効果を報告することになってるんだ」
「どんな効果だ?」
「体臭を変えるだけで別に害がある薬じゃない。あー……それとも、嫌なにおいだったかな……?」
「そういうわけじゃない」
「そうか」
 どこかほっとした様子を見せたアルバスは、「あ」と小さく呟いて懐から時計を取り出し、そっと私の肩を押して歩くように促した。
「そろそろ行かないと始まってしまう」
「始まる?」
「舞台だよ、マグルの間で人気の。これは〝罰〟だからね、今日は私に付き合ってくれ。なに、ほんの三時間程度だ。意外と楽しめるかもしれないぞ? ああ、それが終わったらディナーにしよう。行きたい店があるんだが、こっちはきっと君も気に入るはずだから」
 三時間とはいえマグルに囲まれた空間にいなければならないのかと考えるとげんなりしたが、期待に目を輝かせているアルバスを見てしまうと何も言えなくなって頷いた。嫌々という顔を隠せなかったのは許してほしい。
 もともと私が喜んで劇場に向かうとは思っていなかったのだろう。アルバスはにこにこと笑みを浮かべて、隣に並んで歩き出した。

 それがかれこれ二時間半ほど前の出来事だ。いまや演目は終盤に突入し、エンディングに向けて盛り上がりをみせている。人気の公演だというのは事実のようで、満席の会場はぎっちりとマグルで埋め尽くされていた。隣に座るアルバスは、多くのマグルと同様に笑い、ときに悲哀に満ちた表情で舞台上の演者たちを見つめている。
 それをぼんやりと眺めながらも、私はすでに飽きていた。なにせ陳腐なのだ。芝居の質はおいておくとして、道具や技術がとにかく未熟だ。魔法を使えば自由に物を動かすことも実際に雨を降らせることもできるというのに、マグルはこんなもので満足しているのか、と笑い出してしまいそうになる。だが、アルバスの手前それは堪えて、舞台の内容よりもアルバスの反応を楽しむことにしていた。
 そうやって舞台よりも周囲に目を配っていたせいで、時折、こちらに向かって視線を向けている者がいることに気が付いた。ちらちらと不躾ではない程度に背後から視線を感じる。
 マグルに観察されているという事実に苛立ち、音に出さないように小さく舌打ちをして腕を組んで怒りを堪える。今になって急に視線をぶつけてくる者が現れたのではない。劇場に向かう道中からずっとこうだったが、席についてアルバスが帽子をとってからは余計に人数が増えた。ブロンドにブルーの瞳を持つわかりやすく整った顔立ちは、男も女も関係なく間違いなく人目を引いている。その対象がマグルだということにさらに怒りを覚える。マグルごときがアルバスにそういう視線を向けていることが腹立たしい。ろくな能力もないくせに性欲だけは立派だとは、まさに家畜そのものではないか。しかも、アルバスが動くたびに周囲を漂うスモーキーなにおいが余計にそれを助長しているように思えた。
 今すぐにアルバスをこの場から連れ出したい衝動に駆られるが、それをすれば今後しばらくは機嫌が直らないだろうこともわかっているからひたすら耐えた。ほとんど舞台上を見ることなく、怒りを抑えることに時間を費やし、ただただ終演を待つ。
 それからどれだけ時間が経ったのか正確にはわからないが、出演者が舞台上にずらりと並び、大きな拍手が沸き起こったことで演目が終わったことを知った。アルバスはほかのマグルたちと同じく舞台に向けて笑顔を浮かべ、大きく手を叩いている。
 まだ席は薄暗いが、公演自体は終わったのだからもういいだろう。そう判断してアルバスの腕を掴み、ぐいと引き寄せて立ち上がった。驚くアルバスをよそに扉へと向かう。もう一刻もアルバスをマグルの目に晒していたくなかった。舞台に背を向けて出て行く姿はそれはそれで注目されたがどうでもいい。
 劇場スタッフの視線も無視してロビーを歩く。後方からはアルバスの慌てた声が何度も聞こえていたが、私は振り返りもしなかった。ずかずかと足早に歩いてトイレの中に入り、入り口から一番遠い、奥の個室の中にアルバスを引き込む。後ろ手で鍵を閉めて狭い個室で二人きりになると、アルバスはうろたえた様子で私の顔色を窺った。
「ゲラート、少し落ち着いてくれ」
「私は十分落ち着いている。もうこんな場所に用はないだろう、直接〝飛ぶ〟ぞ」
「だから待ってくれ、今日は私に付き合うと約束したはずだ」
 そう訴えるアルバスが手を動かした瞬間により強くくすんだ独特のにおいが舞い、顔も知らない生徒とやらの存在が脳裏をよぎった。一緒に出かけるという最低限の約束は果たしたというのに、こんなにも帰宅を渋るのはその生徒のためだろうか。多くのデータをとっていると言っていたが、その生徒がアルバスを自分好みの香りに変えた可能性をこの男は考えているのだろうか。
 ふつふつと黒い感情が体の内側を侵食していき、声が一段と低くなる。
「……ああ、生徒の実験だったな?」
「え?」
「約束は守る律儀な男だからな、君は」
 中途半端に上がっている腕を掴み、手首に顔を寄せる。さすがにそれには驚いたのか、アルバスの手がぴくりと動いた。
「な、なにを」
「実験を手伝ってやろうとしてるんだ。香りの何を調べてる?」
「それは……」
 私を見つめたままアルバスが口ごもる。他人が用意した香りを身にまとっているというだけでも腹立たしいのに、何か言えないような効果でもあるのかと考えると一気に脳の奥が沸騰した。
 アルバスが動くとその分だけ香りは拡散されるが、強く匂っているのは手首ではないようだ。薬と言っていたから、香水のように振りかけるものとは違うのかもしれない。香りの痕跡を辿るように、においを強く感じる方へと顔を動かす。そうして辿り着いたのはアルバスの首筋だった。そこからもっとも強くにおいを感じる。ゆっくりと、大きく息を吸い込む。すると、戸惑うばかりだったアルバスが私を押し退けようと身じろいだ。
「ゲラート、少し離れてくれ……っ」
「何かまずいことでも?」
「何かって、ここは公共のトイレだぞ……!」
「それだけか? 香りが何か影響するからではなく?」
「そんなことは……、君は、いったいどんな香りに感じてるんだ……?」
「煙のような、くすんだにおいだ。その薬でも使わなければ、君から香ることはないだろうな。自分のにおいなんだ、わざわざ聞かなくてもわかるだろう」
 深く息を吸ってにおいを嗅ぎながらそう答えると、それまで続いていた抵抗が弱まった。不審に思ってわずかに顔を上げると、アルバスは思いきり顔を逸らしていた。いつもならひげで隠れている横顔が今は無防備に晒されている。何に動揺しているのか知らないが、歳を経て再会してからこうして顔を見るのは初めてのことで、まじまじとアルバスの顔を眺めてしまった。視線を泳がす姿はどこか困っているように見えるが、その頬は間違いなく赤みが差している。
 じろじろと見られることに耐えられなかったのか、視線を逸らしたままのアルバスが何かを言おうと口を開いた。その瞬間、ガチャ、という音と共にいくつかの話し声が近付いてきた。カーテンコールも完全に終わったのだろう。ドアの開閉音の合間に廊下のざわめきが聞こえてくる。
 個室の薄いドア一枚を隔てて人の気配を感じたアルバスは慌てて口をつぐんだ。それまでどこにも向いていなかった視線はまっすぐにドアに向いている。ドアの向こうから聞こえてくるのは、いくつかの足音と水音、少しの話し声。個室が閉まっていることに言及する者は今のところいないが、長時間こもっていればいつかは怪しまれるだろう。今なら鍵だけ開けて姿をくらましてしまえば、個室が閉まっていると思ったのは勘違いだった……とでもマグルは考えるはずだ。
 さっさと移動するべく、アルバスに身を寄せたまま鍵へと手を伸ばす。しかし、指先が掛け金に触れる前にアルバスの手が私の手首を掴んで止めた。それ以上ドアに近付かないよう引き戻される。
 わずかに俯き、苦々しげに顔を歪ませながら、外に聞こえないように小さな声でアルバスが告げる。
「今はだめだ」
 むしろ今じゃなければだめだろう、と思ったが、その言葉は飲み込んだ。視線を落とした先で、アルバスのトラウザーズの股間部分が布を押し上げていたからだ。はっ、と乾いた笑い声が口からこぼれ落ちる。アルバスはますます気まずそうに視線を逸らしてわずかに目を伏せた。そのしぐさに煽られ、する、と布の上に指を滑らせて隆起した部分を撫でてやると、アルバスの体が小さく震える。
 私はマグルに気付かれないよう声を潜めて問いかけた。
「やはり興奮剤の効果もあったんじゃないのか?」
「まさか、そんなものじゃない」
「香りで周囲の人間を惹き付けて……」
「ちがう……!」
 声を抑えたまま、アルバスは言葉尻を荒げた。きつく見据えられた私がほんの少しだけたじろいだところで、ぼそぼそと話を続ける。
「興奮剤でも催淫剤でもない、これは、本当ににおいを変えるだけの薬だ。ただ……使用者の意中の相手が好む香りを発するというだけで……対象者以外に強く香ることはない」
「似たような惚れ薬はもうあるだろう」
「惚れ薬としての効果を消して、香りだけを使えるようにしたいんだそうだ。相手の心を操るんじゃなく、あくまで関係の構築、維持のためにね」
 はあ、とアルバスは気恥ずかしそうに息を吐いた。
 つまり、私がずっと嗅いでいた香りは私だけが感じ取っていたもので、しかも、私好みの香りだったということか。
 アルバスが私を意識してまとっていた香りなのだと思うと、それまで抱えていた嫉妬も見知らぬ生徒の影も薄らいでいく。それと同時にささやかないたずら心が育ち始めた。
「……それで、薬が正しく機能していると知って昂ったのか? こんなになるまで?」
「……っ」
「誰に惚れているのか思い知らされて興奮した?」
「……そうだな、自分で思っていた以上にね」
 恥ずかしさを通り越していっそ居直ったのか、アルバスの顔にも笑みが浮かんだ。ひげがないせいで、瞳が普段よりも強い輝きを帯びているように見える。眩しいほどの光を宿す双眸を細めたアルバスは、ゆっくりと私の耳元へ顔を寄せて囁き声を吹き込んだ。
「それに、君があんまり見てくるから、ずっと視線で焼かれているみたいだったんだ。……君の視線は熱烈すぎる」
 耳殻に熱を持った吐息がかかり、一気に体温が上がった気がした。アルバスの後頭部を捉えて力強く口付ける。隙間なく喰らい付き、唇に歯を立てて、アルバスの足の間に自分の腿を押し付けた。声が漏れてしまわないように注意しながら互いの体温を探り合う。直接肌に触れていなくても、体が火照っている気配は端々から感じられる。自分の腰もゆるりと押し付けて興奮を伝えると、私の背に触れているアルバスの手に力が入った。布ずれの音さえ立てないように慎重に体を探りながら、吐息の熱さで意思を伝え合う。
 ようやく唇を解放したときには、二人ともすっかり性器が硬くなっていた。舌先で唾液を舐め取ったアルバスは、息を乱しながらも先程と変わらない笑みを浮かべている。どこか余裕さえ感じさせるその表情を見て、愚かだったのは自分の方だと理解した。
 他者への自分の見せ方をよく理解しているアルバスが、今の容姿が人目を引くことに気付いていないわけがないのだ。この格好で街を歩くと決めたときから、普段とは違う意味で注目されることも織り込み済みだったのだろう。世間では私の方が厄介な人間だと考えられているのだろうが、本当の意味で食えないのはこの男の方だと改めて実感する。
 少しの沈黙のあと、アルバスの手が私の頬を撫で、そのままの流れで眼鏡のつるを掴んだ。そして、すい、と手を動かして私の顔から眼鏡を外してしまった。
「これもよく似合ってるが、やっぱりいつもの君が一番いいな」
「ここを離れるならそれはもういらないと思うんだが、君はどう思う?」
「そうだな……正直、もうディナーどころじゃない」
「なら、私の家へ」
「そうしよう」
 くつくつと笑って互いの手を取り、離れることのないよう握り合う。もはや必要なくなった眼鏡をアルバスの手から受け取って、姿をくらます直前に後方へと放り投げた。トイレの個室がひとつくらい閉まったままになっていても、鍵の故障ということで片付けられるだろう。今はそんなことよりも、この男を腕の中に収めておくので忙しい。
 術が発動し、視界が歪み始める寸前、眼鏡が床に落ちる無機質な音が響いた。

 

   END

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