Twitterで公開した短編とからくがきとか。
・学生AUらくがき
・140字SS
・ボス主✕若ニル
最後だけちょっといかがわしいです。
学生AU(2021/1/17)
ジョックな主とナードなニール
夕方、人影のまばらな図書室。長机に頬杖をついて、課題用の分厚い本をめくる。
はあ、とこっそりため息を吐いた。グループワーク自体、好きではないけれど、決まり事なら仕方がないと諦めがつく。でも、それは友人と同じグループの場合だ。今回は運悪く、普段あまり話さないクラスメイトと組むことになって、案の定、資料探しを丸投げされた。
そんな気はしていたんだ。彼らが僕をどんな目で見てるかはよく知ってる。
ほとんど頭を机に預けてダラダラと本に目を通しながら、今頃は自室のパソコンに向き合っていたはずなのに、と恋しい世界に想いを馳せた。
そのときだ。静かなはずの図書室で小さな舌打ちの音が鳴ったのは。
嫌な予感がしてページをめくる手が止まる。音がした方をそっと目だけで探ってみると、きょろきょろと辺りを見回している後姿があった。彼のことは知っている。でも、それは友人だからではなくて、彼が有名人だからだ。アメフト部に所属してて(ポジションなんてわからない)、いつも賑やかな大勢のひとに囲まれている(なんだか知らないけどみんなギラギラしてる)。当然だけど、僕は決して、決っっして近付いたりなんかしない。
それなのに、こんな静かな空間で二人きりになっているなんて一生の不覚だ。僕はその青年に気付かれないように息をひそめて、このまま彼がこの場を去ってくれるのを待った。
だが非常にも、左右を見ていた彼の視線はぐるりと回って後ろを向いた。慌てて目線を落としたけれど、きっと見ていたことには気付かれてしまっただろう。そう思ったけれど、それでも僕は気付いていないフリを続けた。彼もそうしてくれることを願って。
「なあ」
ほとんど呼吸を止めるようにして床を見ていたのに、僕の願いは届かなかったらしい。彼は、なんの迷いもなく僕に声をかけて、まっすぐにこっちに向かってきた。
「この辺に踏み台か何かないかな。図書室ってあんまり来ないからわからなくて」
「え……っと、踏み台……?」
「課題に必要なんだけどさ、ほらあれ」
僕がのっそりと頭を上げたのも気にしていない様子で、彼は棚の上の方を指さした。彼の指の先を辿っていくと、本が並んでいる最上部より高い場所、棚の枠の上に本が横たわっていた。「あ」と小さく声が漏れる。それに気付いた彼は、顔をしかめて乱暴に頭をかいた。
「誰がやったのか知らないけど、困るよな」
「え?あ、えっと、そう……だね?」
「……なんで疑問形?」
「あ、いやその、あー……」
うろうろと視線をさ迷わせて口ごもる僕を見て、彼は不思議そうに首を傾げる。自分が挙動不審なことはわかっていたけど、僕の頭の中は必死だった。
彼は僕に何をさせたいんだろう。どうしたら文句を言われずに済むんだろう。僕だって普段は図書室なんか使わないから備品なんて知らないんだけど、そんなこと言ったら絡まれてしまうんじゃないか?
そんなことをぐるぐると考えているうちに、一周回って何を考えているのかわからなくなった。最適解だと自信を持てないまま、勢いよく立ち上がる。いや、立ち上がりたかったのはその通りだけど、勢いがついてしまったのは上手く力をコントロールできなかったからだ。
とにかく、早く彼にこの場を去ってもらうことでしか、僕に安寧は訪れない。そう覚悟を決めて彼が指し示した棚の前に立ち、精一杯背伸びした。棚の縁を支えにしながら、横たわっている本に手を伸ばす。
ギリギリではあったけど無事に手が届き、本は僕の手元にやってきた。ぽかんと驚いた表情でこっちを見ている青年に本を差し出す。
「あの、これ……だよね……?」
それには返事をしないで近付いてきた青年は、まじまじと僕の顔を見上げた。じっくりと眺められて落ち着かない。顔を逸らすことも見返すこともできず、視線だけが天井や床を泳ぐ。
「いつもそうしてればいいのに」
「へ?」
なんの脈絡もなくそう言われて、僕は素っ頓狂な声を上げた。彼はそれを少しだけおかしそうに笑って、柔らかく目を細める。
「背中、丸まってるのもったいない」
「え、」
「せっかく体育館の端にいても、逆に目立つぞ」
隣に並んだ青年が笑顔を浮かべて、僕の背中をぽんと軽く叩く。痛みなんかちっともなかったのに、僕は驚きのあまり、せっかく取った本を落としてしまった。まずい、と思ったけれど、僕が少しも動けないでいる間に、青年はさすがの反射神経で本をキャッチしていた。
ほっと息を吐いた僕の背を、彼の手がもう一度、今度はさっきよりも優しく叩く。
「ありがとう。助かった」
そう言って笑顔を浮かべた青年は手を振って、並んだ棚の奥に消えていった。
この場を凌いだことに安心して一気に脱力する。ふらふらと座っていた席に戻ってテーブルに突っ伏し、はあ、と大きく息を吐いた。
よかった。それが真っ先に頭に浮かんだ言葉だった。とりあえず、僕の選択肢は間違っていなかったらしい。僕の学生生活の危機だった。せっかく目立たないように、目を付けられないように、ひっそりと過ごしているのに。
(ん?)
そこまで考えて、ふと何かが引っ掛かって顔を上げた。
彼とは一度も話したことがない。近付こうとしたこともない。友人だって部活だって、これっぽっちも接点がない。そのせいで僕は彼の顔を知っていても、名前は正確に覚えてない。
でも、彼はなんて言った?
『体育館の端にいても――』
そう言った。その通りだ。授業でもイベントごとでも、目立つのも巻き込まれるのも嫌だから、できるだけ人の目につきにくい場所を陣取っている。間違いない。でも、僕は彼と話したことがない。
「……へ?」
自分の喉から聞いたことのない音が出た。でも、それよりも辿り着いてしまった答えが正しいのかどうかが気になって、彼の声で頭がいっぱいになってしまった。
課題は当分終わりそうにない。