既刊「レインマンは雪に焦がれる」のBOOSTお礼でした。
本編後のお話。なんやかんやすれ違ったりして仲直りしたあとのふたり。
公園のベンチで並んでサンドウィッチを食べたあとで、僕らはぐるりと町をまわった。観光名所の古城に足を運び、冬の海を眺めて、午後にはティータイムを楽しむ。
僕が放棄してしまった休暇を取り戻すみたいに、時間を決めずにのんびり過ごす。僕のガイドを聞きながら、男は満足そうに笑ってくれた。それにほっとして、観光名所をいくつか見たあとは、僕のお気に入りの店を案内した。
雑貨屋やお菓子屋を覗き、少し買い食いしたりもして、夜になってからはバーに入った。そこは、この滞在期間で僕が一番多く訪れたバーだ。通っていると言っても過言ではない。おかげで店員とは顔なじみ、常連客も半ば知り合いのようになっていた。
そんな店に初めて連れと一緒に現れたんだから、それはもう注目された。店員は一応いつもどおりに接してくれたが、客の方はそうはいかない。数人にちょこちょこと話しかけられた結果、どうやら昨日の僕たちの騒動は、子供たちの口から漏れて、大人たちにも知られているらしいということが発覚した。
予想外の展開に恥ずかしくなって、男も僕も頭を抱えたが、幸運なことに、常連たちは必要以上にからかおうとはしなかった。
少しばかり彼らに付き合い、話を合わせていると、常連たちはなにやら納得した様子で「いい旅を」と言って僕らの席から離れていった。
すぐには気恥しさは消えなかったけれど、二人のペースは簡単に取り戻せる。そのことが嬉しくてアルコールが進み、話が弾み、会話の流れの中で彼の一週間の話を聞いた。
彼は、僕を見つけるためだけに技術もコネクションも総動員していた。それが気まずくもあるのか、男はとつとつと語っていたけれど、どれだけ苦心して探してくれていたのかよくわかる。
でも、それを嬉しいと思ってしまうんだから、僕はどこかに頭のネジを落としてきてしまったのかもしれない。喜んでいるのが顔に出ないように気を付けて話を聞いていたのに、ふと話が途切れた瞬間、男が僕の顔をじっと見つめて「何度でもやるぞ」と言うものだから、僕はついに表情を隠しきれなくなった。
そんな僕を見ても男は咎めることはなく、余裕の笑みすら浮かべてみせる。僕はそれにまた嬉しくなって、今、この男と二人きりじゃないことが惜しくなってしまい、まだ営業時間は残っていたけれど、男を促して店を出ることにした。
帰り際に挨拶した常連たちに冷やかされながら店を出て、酔い覚ましも兼ねてコークを買って家に戻る。ほどよくアルコールが回って心地よく、上着の片付けもそこそこに、ふわふわとした足取りで男と並んでカウンターに座った。
コークを飲み、缶を手の中で遊ばせて、頬杖をついて男の横顔を眺める。アルコールの力なのか、彼の頬はいつもより血色がいい。一週間ぶりに見る男の顔を思う存分に堪能していると、小さないたずら心が湧いてきて、僕はわずかに首を傾げてこう問いかけた。
「仲直りセックスする?」
僕の言葉を聞いた男は、飲んでいたコークを噴きかけてなんとか踏み止まり、咳き込んだ。コークの缶をカウンターに置き、咳ばらいをしながらじとりと僕を睨む。僕は、その辺の人間だったらうっとりするような笑みを返して、同じようにコークの缶をカウンターに置いた。
男は無言のまま、じっと僕の顔を見返して、小さく首をひねる。
「……あれは喧嘩だったのか……?」
「ああ、そっか、確かに喧嘩とは違うかなぁ。それじゃあ、ごめんねセックス?」
今度は男の眉間にしわが刻まれる。しばらく見合っていたが男は何も答えず、動きもしない。僕はより一層笑みを深めて、少し声を抑えて囁く。
「……お仕置きセックス?」
ぴく、と、よく観察していないとわからないくらいに男の眉が動いた。
僕は頬杖をついていた手を伸ばして、カウンターに乗っている男の手に、自分の手を重ねる。指先で手の甲をくすぐると、もう一度、本当に少しだけ、男の眉が動く。そんな小さな反応も逃がすまいと、僕は指先を動かし続ける。
「逃げ癖がある飼い犬はしつけるべきだろ?」
「犬を飼った覚えはないぞ」
「それは困ったな。首輪をつけてくれないと」
カウンターに寄りかかって姿勢を崩し、険しい表情を貫こうとしている男の顔を覗き込む。
少しばかり酔っている自覚はある。僕の顔は普段より火照っているはずだ。それが、今は都合がいい。返事がないことは気にせず、男の瞳を覗き込んで話を続ける。
「ちゃんとした道具があるわけじゃないけど、目隠しとか縛るくらいのことはできるよ。ジャムもハチミツもあるし、鏡を使ってもいい。僕はご奉仕するし、君の言うとおりにする。……悪くないだろ?」
笑みを崩さずにそう告げる。男はしばらくの間黙っていたが、やがて男の手が動き、重ねている僕の手のひらを男の指先が撫でた。男の指が手首の内側の、皮膚の薄い部分をなぞる。それだけのことで僕の鼓動は高なった。
声にはしていなくても、これは間違いなく彼の返事だ。それも、好感触の。
スツールを回転させて、わずかにこちらを向いている男の膝に自分の膝を触れさせる。男は僕の顔を見てはいるものの、これといった反応は見せなかった。だから、僕も男の顔を見たまま、男の膝頭を自分の両膝で挟み込む。そのまましばらく見合っていたが、やがて男が小さなため息をつき、僕は心の中でガッツポーズをとった。
「はぁっ、ぅ、ん……あぁ……!」
背が大きくしなり、ペニスからは少量の精液がこぼれ落ちる。どれくらいこうしているんだろう。もう何度目の絶頂なのかもわからない。
ベッドに仰向けになって脱力していると、男の手が乱れた髪を整えてくれた。男は僕の体内に自身を挿入したまま、汗を流し、息を整えている。僕を見下ろしている瞳は、強い光を宿していて鋭い。
もっと、俗にいうプレイと呼ばれるようなことをするんだと思った。まあ、特殊なことは彼は好まないだろうから、犯すみたいに激しくしたりとか、そういったことを期待していたんだけど、彼はそうしなかった。丁寧に、丁寧に、僕の体を開いていき、ひたすら快楽を与え続ける。それも快楽責めといえるような強引なものではなく、僕が達しては落ち着くのを待ち、またじっくりと絶頂に導かれる……そんなふうに際限なく快楽を与えられて、僕の頭は霞がかかったみたいにぼんやりとしていて、正しく働いてはくれず、彼がくれる感覚を受け止めることしかできなくなっている。
疲労で重くなった腕を伸ばすと、男が近付いてきて口付けを与えてくれる。ちゅう、と音を立てて唇を吸うと、舌を引きずり出されてやわく噛まれた。小さな刺激のはずなのに、ぞくぞくと背筋を快感が這い上がって、またペニスが頭をもたげる。
男は挿入しているペニスでゆったりと中を擦り上げて、僕の性感帯を的確に刺激する。僕はされるがままに揺さぶられ、自分の口から甘ったるい声がこぼれるのを聞いている。初めの頃は冗談を言ったり、愛を囁いたり、何かしら言葉を交わしていたのだが、いつの間にかそんな余裕はなくなってしまった。僕の口からは喘ぎ声が、彼の口からはときどき堪えるような声がこぼれ落ちるけれど、あとは乱れた呼吸音が聞こえるばかりだ。
「ぁ、よすぎて、ッ、ばかに、なりそうだ……」
「っは、それでいい」
なんとか絞り出した言葉もあっさりと肯定されて、ぞわり、と肌が粟立ち、つい後孔を締め付けてしまった。そのせいで男のペニスの形をはっきりと感じてしまい、腹の奥が甘く痺れる。僕のペニスはとっくにバカになっていて、それだけの刺激で簡単に射精を迎えた。
「あっぁ、っあー……」
もう掠れた声しか出ない。腹を汚す精液はほとんど色を無くしていて、量も少ないし勢いもない。射精というよりも、たらたらと半透明の液体が溢れ出しただけに見える。それでも敏感になっている粘膜はしっかり反応していて、男のペニスを包み込み、搾り取るようにぎゅうぎゅうと蠢く。
男はきつく目を閉じて、微かな喘ぎと共に欲を吐き出した。僕の腹の中でペニスが脈動し、スキンの中に熱が溜まっていく。
脱力して四肢を投げ出し、腹の中で出される感覚にうっとりと感じ入っていると、男はゆっくりペニスを引き抜いた。そして、精液を溜め込んだスキンを外したかと思うと、それを処理するより先に僕のペニスに手を伸ばした。
「えっ、ぁ、まって、ッ」
「大丈夫だ、ニール」
「ひ、ぅ……っぁ、むり、いま、だめっ……!」
男の手が、僕が吐き出したばかりの精液を塗り込めながらペニスを擦る。男の手を掴もうにも、僕の手は震えるばかりで役に立たない。男は敏感になっている性器を手で包み込んで擦り、時折先端を指先でいじる。
必死にかぶりを振り、過ぎた快感に悶えていると、段々といつもの射精感とは違う感覚に襲われ始めた。覚えのない感覚に頭は混乱しているのに、全身がびくびくと跳ねてしまうのを止められない。
「まっ、まって、っひ、あ、ぁあっ……なんか、なんかくる……ッ」
「ああ、大丈夫だ、我慢しなくていい」
腹の奥底から何かがせり上がってくる気がして、なんとか堪えようとしてシーツをぎゅっと握り締める。喉からは引きつったような声しか出なくなり、目には涙が滲んだ。しかし、男は手を止めてくれない。ろくに動かない僕の脚にキスをして、何度も「大丈夫」を繰り返している。
やがて、這い上がってくる感覚を誤魔化せなくなり、ついに抵抗できなくなった。
「はぁ、ァ、ッや、でる、なんか、で……っぁ――」
僕が、でる、しか言えなくなったとき、性器の先端からは透明の液体が勢いよく噴き出した。精液とは違うそれが、僕の腹をびしゃびしゃに濡らして、元々溜まっていた精液と混ざり合う。
ぼんやりとその光景を眺めながら、必死に呼吸を繰り返す僕のことを、男はうっそりと笑って見下ろしていた。その笑みを湛えたまま男の顔が近付いてきて、震える僕の首筋に強く吸い付く。小さな痛みが走り、これは痕が残ったな、と、そんなことが頭をよぎった。
透明な液体もすべて吐き出し終わると、ペニスから手を離した男がキスをくれる。この状況に見合わない可愛らしい音を立てて唇を啄み、男は満足げに微笑んでいる。
「上手にイけたな」
そう言ってもう一度唇を合わせ、それから頬や額にもキスを落とした。汗ばんでいる額を撫でる手はどこまでも優しい。その手に甘えるようにすり寄ると、男はより一層大切なものを扱うように触れてくれる。
「はぁ……きみが、潮吹きに興味があるとは、意外だったよ」
「別にそういう趣味はないが、この一週間のことを聞いて、俺だって何も思わないわけじゃない」
「へ……?」
「君に、ここまでできるのは俺だけだ」
きょとんと目をまるくした僕を見ても、男は笑みを崩さない。穏やかに見えるその表情の奥には、怒りにも似たものが垣間見えた。それに気付いて、僕はますます目をまるくした。
――なんだ、怒っていたのか。
嫉妬も独占欲も、自分に向けられているのかと思うと胸が高鳴る。これは間違いなく〝お仕置き〟だったわけだ。それがわかって、僕はなぜか幸福感に満たされた。男の手に甘えながら笑みを浮かべる。
「それで、こんなに甘やかしていいの?」
「しつけが終わったら、ご褒美が必要だろう?」
男の言い草がおかしくなって、僕は、ふふ、と小さく笑った。そして、男の首に腕を回して引き寄せた。男の上半身が僕の上に乗って、ぐぇ、と、少しだけ情けない声が出る。それを二人で笑い合ってから、僕は男の瞳を覗き込んだ。
「ただいま、ぼくのご主人様」
「おかえり、ニール。……もう逃げないでくれ」
「うん、きみが首輪をくれたからね。善処する」
「……まあ、何度でも見つけるさ」
自分の首筋を指さして彼の痕を示すと、男はそっと苦笑を浮かべる。それでも、彼の唇の端にしたキスには、同じようにキスを返してくれた。
雪が降る小さな町にある、小さな家の、小さなベッドの上。ここには、幸福が満ちている。
END