息子が見ていたパシコスとも言えないようなパシコス。重い。
記憶を頼りに書いてるのでいろいろ変でも許してください…。
最初にそれを見たのはいつだっただろうか。正確には覚えていない。おそらくまだ幼い頃、偉い人に会いに行くと言って出て行く父を見送ったときだ。馬車に乗り込んだ父はそのひとと言葉を交わして笑っていた。遠目に見たその笑顔が僕らに向けられているのと同じもののような気がして、ちりちりと胸が痛んだのをはっきりと覚えている。どちらが本当の家族かわからないと、幼心にそんなことを思った。実際、僕が会えないでいる時間をまるっと共に過ごしていたのだから、家族のように思っていてもおかしくはない。少なくとも、僕にはそう見えていた。
父が家族のように思っているだろうひとの名前はすぐにわかった。父が語る冒険譚には、必ずそのひとの名前が出てくるからだ。
〝コスティン君〟
それが、そのひとの名前だった。
父の口から語られる未踏の地は色鮮やかで、植物や動物たち、先住民との交流は事細かく記憶しているらしいことがわかる。その中で、何度も、何度も、そのひとは登場する。僕は言葉を交わしたこともないというのに、すっかりそのひとに詳しくなってしまった。彼がいかに勇敢で、有能で、また思慮深い人物なのか。僕はちりちりとした痛みを抱えたまま、それを聞いた。
度々、父はそのひとといなくなる。家族を置いて。僕やきょうだいたちが父子の思い出を持てないでいる間、父は目を輝かせて部下たちとアマゾンにいるのだ。そして、信頼と慈愛に満ちたまなざしで、そのひとを見る。その様子は簡単に目に浮かんだ。父が彼に向けた笑顔が忘れられなかった。
探検だって戦争だって、部下は彼ひとりではなかったはずだ。父は隊を率いる地位についていて、幾人もの部下を抱え、指揮していた。だが、いつだって、自分の身が危険にさらされたときでさえ、一番最初にその口から出てくるのは〝コスティン君〟だった。
あるときから、僕はもうそういうものなのだと、どこかで受け入れるようになっていた。父にとって探検とは、極限状態で支えてくれた部下とは、もはや家族のようなものなのだと。父はもうひとつの人生を持っているのだと。そして、それは自分たち家族を愛していない、ということにはならないのだと。
だから、父が僕らきょうだいに向けるようなまなざしで彼を見ていても、父にとって友人であり、弟や息子のようでもあるのだろうと、そう理解していた。
だが、それは間違いだったのだと、僕は今更気が付いた。気付いてしまった。
なぜこんなことを書くのかと、そう思うでしょう? 記録するべき原生林や多くの生物のことではなく、なぜ今こんな思い出話を、と。
その理由は僕の目の前にある。アマゾンの真っ只中の野営地。それが僕の今いる場所だ。僕の目の前には父が座っている。小さな灯りを頼りに手紙を読んでいる父の姿が、僕に筆を取らせている。
父が冒険譚を語るときの多くは、僕の隣に並んで手記を見せてくれていた。つまり、こうやって正面から父の顔をまじまじと見る機会はそうなかったのです。ジャングルを――コスティンさんのことを語る父のことを、こうやって見ることはなかった。いや、そう思っているだけで、本当は過去にもあったのかもしれない。ただ、僕が幼かったというだけで。
この先の見えない土地で正気を保つためには拠り所が必要で、それは記憶と、それを甦らせてくれるものの力が大きい。だから僕らは手紙やお守りを身に着ける。そして時折手に取り眺め、現実に留まるために愛しいものの力を借りる。
父は家族からの手紙をよく読んだ。最初に子供たちの文章を。それから母からの言葉を。そして最後に、彼の手記を。
彼から授かったのだという分厚い手記を読む父の表情は、瞳は、それが愛しいものだというように文字をなぞる。今日この瞬間も、それは僕ら子供たちに向けられるものよりも、母に向けるまなざしに近いように見えている。
僕は大きな思い違いをしていたのです。弟や息子だなんてとんでもない。きっと、そんな易しいものではない。彼の方はどうだっただろうか。わからない。もう何年も彼をまともに見ていない。でも、もしかしたら、いや、きっと――わからない。わからないけれど、いつからなのかと問われたら、きっと最初からだ。最初の冒険を終えて帰ってきたときには、たぶん、もう――。
僕は幼さゆえに知らずにいられた。今回も同行してもらいたいと思うくらいに、僕も彼を好いていた。では、母はどうだったのだろうか。あの聡いひとは、父のまなざしに気付いていただろうか。もし気付いていたとしたらな■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
これは、きっと父の秘密だった。おそらく、人生をかけた父の、あるいは二人の秘密だった。
僕はそれと知らずに、その得体の知れないものを暴いてしまった。知らずにいられたらど■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
僕がこうして書き連ねているのは、このままでは明日、日が昇ったときに父と共に歩き出せないと判断したからだ。これを持ち帰ることも、ひとり抱え続けることも、きっと僕にはできない。無事に帰ったあかつきに父を問いただすことも。だから、この言葉たちはここに置いていこうと思う。
明日、ここを発つときにこの紙は捨てていく。誰にも見つからないといい。そうしたら、この言葉は父の秘密ごと朽ちて、いつかこの大地に還る。
そうあってほしいと、僕は願う。
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