All the best,
ふたりで暮らした部屋は整理して引き払った。仕事をしながら進めていた、執務室の後片付けも今日で終わる。
ここを出たら、俺の居場所を知る人間はいなくなる。
家具だけが残り、がらんとした部屋で周囲を見回す。回収するべきものが残っていないか確認し終えて、最後の荷物を鞄にしまう。
片手で持てる小さな鞄を机の上に置いて振り向くと、ニールが部屋の中心に立っていた。着古した少し皺の残るシャツで、見慣れた寝癖で、ただそこに立っている。
「……本当に行くのか」
彼には珍しく、不明瞭な声でそう言った。縋るような視線を向けられて胸が痛む。だが、それを受け入れるわけにはいかず、苦笑するしかなかった。
「ああ。この部屋は好きに使ってくれ」
「使える奴がいるならね」
「盗聴器なんか残してないぞ」
にやりと口角を上げてみせると、ニールはようやく小さく笑った。その表情が思っていたよりも柔らかく、自然なものであることに安堵する。
ゆっくりと近付いて真正面に立つと、ニールの顔からふっと笑みが消えた。
「ニール、後は頼んだ」
「ああ、作戦は成功させるし、あなたのことは死なせない。絶対に」
短く伝えた言葉は、思いの外、振り絞るような音になってしまった。それに応えるニールの表情は、恐ろしいほどに真剣で、瞳は鈍い光を湛えている。
その言葉が真実であることは、俺自身が一番よく知っている。そのために、お前が今後、何を選ぶのかも。そんな道は選ぶなと、自分を優先しろと言ってやれないことがもどかしい。
何も語れない代わりに、腕を伸ばして抱きしめた。ニールの腕が背中に回り、きつく抱き返される。
背中を丸めて、俺の肩に顔をうずめるニールの表情はわからない。声をかけてやることもできず、そっと、飛び跳ねる髪に触れた。今の自分にできる限りの願いと贖罪を込めて。
やがて、背中を掴んでいた手の力が緩み、それに合わせて顔が離れていく。俺の腕から解放されたニールは、どこか幼子のような表情をしていた。しかし、これ以上してやれることがない。せめて、と思って笑いかけると、ニールも無理矢理ではあったが笑みを見せる。
それに背を向け、机の上に置いていた鞄を手に取り、「じゃあな」とだけ告げて部屋を出た。
元自室を後にして建物の出口に向かい、エントランスに到着すると、ドアの前でアイヴスが立っていた。
「見送りか?」
「それもあるが、本命はこっちだ」
そう言って、黒いボストンバッグを差し出す。不思議に思いながら受け取る俺に、アイヴスは、中身は残っていた装備品だと説明した。どうやら、最近使っていなかった施設に置いたままにしていたらしい。念のために鞄を開けて中を確認したが、確かに自分が過去に使っていたものだった。
「処分してくれてよかったのに。わざわざすまないな」
「簡単に処分できたらよかったんだが、これを見つけたら感傷的になる奴らがいるんでね。主に、あなたの右腕が」
「世話をかける」
わかりやすく肩を竦めるアイヴスに苦笑し、鞄の口を閉めようとして手が止まった。ファスナーの端をめくると、その少し下に特徴的なほつれがあった。わずかに裂けている部分から布の裏地が見えている。もう随分と昔のことで、記憶はおぼろげだが、それには見覚えがあった。
黒い、どこにでもあるような、けれど、特徴的な傷のついたボストンバッグ。
それをじっと見ていると、アイヴスはばつが悪そうに頭を掻いた。
「上等な鞄じゃなくて悪いが、使えるから良しとしてくれ」
「いや、十分だ。助かる」
ファスナーを閉めてふたつの鞄を手に持ち、アイヴスに別れを告げる。
最後のピースがはまった気がして笑顔を向けると、アイヴスは妙なものを見るような顔をした。それには何も言わず、外に出る。
自分が考えている役割が間違っていなかったのだという確信は、小さな胸の痛みと共に安堵をもたらした。この世界のどこかにいるだろう恋人に想いを馳せて空を見上げ、あまりの眩しさに手をかざす。
突き抜けるほどに晴れた日のことだった。
* * *
組織を離れてからは、特定の住処は作らなかった。自分が入手できる情報をもとにセイターやキャットの動向を探り、自分が知っている未来と相違ないか確認しながら、来るべき日のための準備を進める。
新たな名前を作り、口座を作り、古い記憶を辿った。
作戦の二ヵ月前には、ロシアの家を契約した。名義はパトリック・ベル。向こう十年の支払いを済ませて、着の身着のままでも暮らせるように室内を整える。
ひとりでの作業は時間がかかった。単純に用意するものが多いというのが、理由のひとつ。もうひとつの理由は、何を選ぶにもニールを思い出してしまうということだった。
どんな手触りを好んでいただろうか。ああ、この素材は嫌いだった。家具を選びながら、そんなことばかりを考えてしまう。
だが、記憶に刻まれたそれらの情報はすべて無視した。用意する家は、できるだけ感情が乗らない方が好ましい。決めた人間の人物像が描けない方が、目的に即している。
服や非常食まで揃え終えるのに一ヵ月近くかかった。用意し忘れているものがないか、自分の痕跡が残っていないかを慎重に確かめて、問題がないと判断して自分用の部屋に入る。そして、最後の仕上げにポール・ランディス名義のカードをしまう。
引き出しを閉めれば作業は終わりだというのに、カードに刻まれた名前を見て、つい笑ってしまった。あんなに疑い、裏を探ろうとしていた相手が自分だとは思っていなかったのだ。これから同じ思いをするはずの、過去の自分のことを想像して笑ってしまうのは仕方がないだろう。
もしや、と思ったのは、偽造屋のところで、納屋の持ち主の名前が出てきたときだ。そのときは、過去に使っていた自分の偽名と、納屋の持ち主のファミリーネームが同じだということしかわからなかったが、そのあともずっと考え続けていた。他の名義も何か関連があるのではないのかと。
その疑問が確信に変わったのは最近のことだ。
さすがに、過去に与えられた偽名のすべてを覚えているはずもなく、CIAから自分の情報を引き出した。その中にあったのだ。〝ベル〟も〝ランディス〟も過去に使った名前のひとつだった。
それに気付いてしまえば、あとは簡単だった。自分の思考回路を追うだけでいい。その結果、辿り着いた答えの安直さに笑ってしまった。
Patrick、Paul、Philip――どれもPから始まる名前だ。そして、自分はかつてProtagonistと呼ばれ、自称した。
頭文字を揃え、過去の偽名を再利用する。これは道しるべだ。過去の自分への。
なんて安直で、なんてわかりにくい。おかげで、辿り着くまで随分と時間がかかってしまった。だが、俺がProtagonistと呼ばれたことを知っている者は少ない。この時間ではまだ呼ばれてすらいない。だからこそ、暗号としては意味があった。俺以外、共に過ごしている相手にも知られずに動くためには。
勘のいい相棒も出し抜いたことにそっとほくそ笑み、引き出しを閉める。部屋を後にして、自分たちが無事にこの家に辿り着くことを願い、玄関の鍵をかけた。
* * *
そして、未来が決まる日。
キャットとセイターはベトナムに、何も知らない頃の自分とニールはキエフに、組織の部隊はスタルスク12に。それぞれの役割を果たすために、その場所にいる。
俺はというと、スタルスク12から少し離れた場所にある廃墟群にいた。
作戦開始時間より少し早く到着するように移動する。ヘリに観測されないように街から移動してきた俺は、まず、並んでいる廃墟のうちのひとつにバイクを隠した。その建物から少し離れた場所にある古びた民家に入り、広々としている部屋の中心に用意した鞄を置く。中にはふたり分の着替えと、先日、用意したばかりの家の鍵、それと、簡易の地図が入れてある。
黒いボストンバッグを置いて、余計な痕跡が残らないように注意しながら家を出る。腕時計を確認すると、少し前に作戦が始まったところだった。ポケットから端末を取り出し、記憶している番号に電話をかける。
呼出音が止まるのを待ち、電話が繋がったと思いきや、轟音と共にヘリが上空を通過した。距離は離れていたが、それでも雑音はすさまじい。砂埃が舞い上がって咳き込み、襟元で口を覆う。繋がってしまったものを取り消すこともできず、声を張り上げて数字の羅列を記録した。
最後まで数字を言い切って通話を終わらせ、建物の陰に身を隠した。ヘリが離れたことを確認してから、バッグを置いてきた民家と、バイクを隠してある家の間の痕跡を消す。足跡で追跡されることのないように工作し、バイクがある廃墟の中に隠れた。
誰かに探知されることがないように、使ったばかりの端末を破壊し、静かに時を待つ。
十分間の戦闘が終わり、ヘリが離れていくのを遠目から見届け、それでもまだ待った。すると、しばらくしてから車が近付いてくる音が聞こえた。
少し離れた場所でエンジンの音が止まる。沈黙。ドアの開閉音。また沈黙。
長い静寂ののちに話し声が聞こえたかと思うと、車の音は去って行った。廃墟の中でほっと息を吐く。念のために家の中から民家の周辺を見回し、誰もいなくなったことを確信してから家を出た。
再び民家の中に入ると、置いておいたボストンバッグが消えて、代わりに戦闘服が脱ぎ捨ててあった。それを手に取り、青の腕章がついている戦闘服に着替え終えると、用意しておいた新しい装備品一式を身に着けた。支度を終えてバイクに乗り、エンジンをかけて荒野を走らせる。
彼らとは逆方向――戦闘の中心地へ。
人の気配が消えた戦闘地帯に辿り着き、崩れかけの建物の中にバイクを隠して、残りの距離は徒歩で進む。そして、辿り着いた回転ドアを使って逆行した。
ニールが戻ってくる前に姿を隠すため、敵の残党を排除しながら、回転ドアがある施設から離れる。施設の周辺を偵察できる距離を保ち、タイミングを逃すことがないように耳を澄ます。
しばらくすると、ニールが後ろ向きに走ってくるのが遠目に見えた。
そのまま動向を窺おうとしていたのだが、敵が周囲を警戒しているのを発見し、回転ドアに近付かないように処分することにした。ニールからは離れてしまうが、下手に敵に遭遇するよりはいいだろう。
隠れて敵を撃ち殺し、ひとりずつ確実に仕留めていく。敵が残りひとりとなったところで、ヘリが遠ざかっていく音が聞こえた。あれが、アイヴスとニールが乗っているヘリだろう。ということは、ニールはここを離れた――正しい時間の流れでは、まだ到着していない――はずだ。
最後のひとりに銃弾を叩き込み、周囲に人の姿がないことを確認しながら回転ドアがある方へと走る。そして、再び機械の中に入り、今度は順行に戻った。
回転ドアの近くで物陰に隠れて、さっき去って行ったばかりのヘリが戻ってくるのを待つ。
そう時間はかからずに、ヘリが上空で止まる音が聞こえて、ニールがひとりでやって来た。ニールはしっかりとした足取りで回転ドアに近付いていく。そして、少し手前で足が止まった。俺は、その瞬間を狙ってニールの背後に回り、後頭部を殴りつけた。
ニールがぐらりとバランスを崩す。倒れていく身体を受け止めてやることもできず、地面に崩れ落ちるのを黙って見ていた。
「悪いな」
気を失っている男には聞こえない声でそう呟く。起こしてしまうことのないように、慎重にバックパックを奪い、うつ伏せで倒れているニールを見下ろした。その横顔を目に焼き付けて、回転ドアに向かおうとしたところで、微かな足音が聞こえた。急いで銃を構えて振り返る。
勢いよく向けた銃身の先で、見慣れた男が立っていた。同じ戦闘服を身にまとい、両手をあげて、胡散臭い笑みを浮かべている。
俺が驚いて動きを止めたことに気付いた男は、そっと目を細めた。
「ニー……」
思わず名前を呟きそうになったところで、目の前の男は口元に人差し指を当てた。しぃ、と小さく息が聞こえる。それから、足元に倒れている男を指差し、ここを離れるように促した。
連れ立って施設を出て、建物の陰に身を隠して向き合う。向かい合った瞬間に「どうして」と声を荒らげそうになった俺を制し、約一年半ぶりに会ったニールは、とん、と俺のマスクを指先で叩いた。
マスクを外している間に少し冷静になってくる。素顔を晒して向き合い、今度こそ疑問を口にした。
「どうして、ここにいる?」
「君はこうするだろうと思ってたからね。ずっと〝準備〟してたのは君だけじゃない」
「どうやってここに……しかも装備まで」
「まあ、そこはちょっと、色々と。戦闘服は作戦開始直前にブルーチームのひとりから拝借した。ああ、安全な場所に寝かせておいたから、心配はいらない」
当たり前のことのように説明されて二の句が継げない。半端に開いた口をうまく動かせずにいる俺に、ニールは穏やかに笑いかけた。
「……ずっと、考えてたんだよ、この日から。どうしたら君を――あなたを救えるのか」
「その結果がこれか」
「そうだ。地下の鍵を開けるのは『ニール』の役目だ。それなら、僕でも構わないはず。だから、それを渡してくれ」
そう言って、ニールは手を差し出した。だが、はいそうですかと渡せるわけもなく、バックパックを掴む手の力を強くする。
「渡せないな。俺だって上達した。問題なく開けられる」
「でも、まだ僕の方が上だ。万が一にでも失敗するわけにはいかない」
そうだろ? と念を押すニールの顔から笑みが消える。
理屈ではわかっている。この世界と、罪なき人々を犠牲にすることはできない。そうわかっているのに、バックパックを差し出すことができなかった。
ニールは少し困ったように眉を下げて、しっかりと俺を見た。
「君は、少し勘違いしてる」
「何?」
「僕は死ぬために行くんじゃない。世界を救うっていうのも間違いじゃないけど、正確じゃない。僕は、君と過ごした二十年を作りに行くんだ」
予想していなかった言葉に目を見開く。ニールは微笑み、言葉を続けた。
「僕はここで死ぬことより、君との時間を失うことの方が、ずっと恐ろしいんだよ。……きみは? きみの過ごした時間はどうだった?」
ニールの声があたたかく耳に届き、俺たちふたりにとっての二十年前の今日、この場所を去ってからの日々が鮮やかに甦る。
涙も、笑顔も、怒りさえ、いつだって、この男の隣にあった。共に過ごした日々はあまりにも美しく、記憶の中で煌めいている。
この感情をどう形容すればいいのかわからない。だが、胸の奥底から沸き上がってくる痛みは、知らぬ間に溢れ出て視界を揺らし、頬を伝った。
目の前で俺を見つめて微笑むニールの目尻に浮かぶ皺が、ふたりで過ごした時間を物語り、その美しさに目を細めた。
「……っ」
嗚咽が漏れてしまいそうになるのをぐっと堪える。鼻の奥のつんとした痛みを誤魔化して、「俺も同じだ」と、なんとかそれだけ答えた。
ニールが一歩近付き、グローブをはめた手で涙を拭う。指の腹がそっと頬に触れた。
「泣かせるつもりはなかったんだけどな」
そう呟いて苦笑したニールは手を下ろし、俺が持っているバックパックの持ち手を掴んだ。そのまま引き寄せようとしたがうまくいかず、怪訝そうに顔をしかめる。
「手を放してくれ」
「嫌だ」
拒否の言葉と共に、睨むように見据える。力を抜かない俺のことを咎めるように見て、ニールはバックパックから手を離した。
「何が納得いかないんだ?」
「お前がひとりで行こうとしてることだ」
「え?」
「俺も行く」
そう宣言すると、間近で俺を見下ろしているニールが息を飲んだのがわかった。視線を外さず、言葉を続ける。
「昔、言ったはずだ。『もうお前の死体を想像するのはご免だ』と。それは、今も変わらない」
「あ……」
「俺だって、ずっと考えてきたんだ。今日、この日、お前の背中を見送ったときから、ずっとだ。どうしたら、俺が見てきたとおりに、お前を生かせるのかを考えてた」
「それは、っ」
ニールは何かを言いかけたが、俺の手のひらが頬に触れると、言葉を飲み込んだ。
グローブ越しの手が、耳に、うなじに触れる。
「お前しかあの鍵を開けられないなら、俺が爆発地点までサポートする。今度は、ひとりで行かせたりしない」
ふたりだけに聞こえるように言葉を届ける。すると、ニールの顔がくしゃりと歪んだ。わずかに俯いたことで前髪が額にかかり、風で揺れる。その合間から見える瞳が微かに揺れていた。だが、涙は流れない。ニールはただ痛みを堪えるように、不格好に笑ってみせる。
「……そんなつもりじゃ、なかったんだけどなぁ」
ぽつりと呟く声は小さく、風に乗って消えてしまいそうだ。それでも確かに俺には届いた。
髪を撫でて頬をくすぐると、ニールはそっと顔を上げた。まだ不安定に揺れる瞳で、俺より身長が高いくせに、器用に上目遣いで俺を見る。
俺は、今までの任務と何も変わらず、笑いかけた。
「お前が頷くまで動かないぞ。言い出したら聞かないのは知ってるだろう?」
「ああ、知ってる。嫌になるくらいにね」
そう言って、ニールは俺の手に頬を寄せると、その手をそっと掴んで引き離した。そして、もう一度手を差し出す。今度は素直にバックパックを手渡すと、受け取ったニールの手に力が入った。ニールは、まだどこか迷っている様子でバックパックを背負う。
俺は、わずかに乱れた装備を整えてやりながら、静かに問いかけた。
「お前はどうやって死にたかった?」
「さあ? ろくな死に方はしないと思ってたから、考えたことないよ」
「俺は昔、聞かれる度に老衰と答えてた」
「それは、なんていうか……夢が叶わなくて残念だ」
「そうでもないさ。老衰じゃないが、中年までベターハーフと過ごしたんだ。悪くない」
その言葉を聞いたニールは目を丸くして、ぱちぱちと瞬きをした。それから、ゆっくりと口元を緩ませる。その瞳はうっすらと潤み、頬はほんのりと赤く染まっていた。
「ああ、そうか……。そうだね、うん、わるくない。僕もそう思うよ」
ベターハーフ、と、その言葉を大事そうに繰り返して、ニールはまなじりを下げた。憑き物が落ちたように、どこか諦めを含んだ穏やかさで俺を見返す。
そのとき、微かな足音が聞こえてきた。出入口の方を窺うと、倒れていたはずのニールが全力でどこかに駆けていくところだった。小さくなっていく背中を見送り、自分たちも最後の準備を整える。
ヘルメットとマスクを装着して、透明な防具の向こうの瞳を見つめると、ずっと見続けてきたブルーグレイが静かに弧を描いた。見えないはずのマスクの下の表情が脳裏に浮かび、自然と口元が緩む。
「さて、世界を救いに行くか」
「背中は任せたよ、相棒」
そう言って銃を構え、ふたり並んで歩き出す。
見えるのは広大な大地、崩れかけた建物、回転ドアと、相棒の横顔。いつまでも見ていたいと思うような横顔だ。
回転ドアの前まで辿り着き、検証窓の向こうにふたり分の影があることを確認して、機械の中に入った。
薄暗い機械の中で目を閉じて、再びドアが開くのを待つ。
歩みを進める寂しさはあれど、恐ろしくはない。今頃、荒野で再会しているはずの彼らが、これから経験することのすべてが、やさしい光に満ちていることを俺は知っている。
《END》