solitary *

S6のD/S。ごめんも愛してるも言えない兄弟。

 魂が肉体に戻り、本当の意味でこの世界に帰ってきた。ハンターとして行う調査も、武器の手入れも、記憶にある旅暮らしと何ら変わりない。僕が何か話す度に妙な表情をしていたりと、ディーンの様子がどこかおかしいような気もしたが、死んだはずの人間が戻ってきたとき、普通にしていられないことは僕もよくわかっている。
 次の狩りの準備も兼ねて、モーテルの一室を借りた。薄汚れ、古い傷や掃除しきれていないカビが残っていたが、その分宿泊費も安かったから文句は言えないだろう。
 肩から下げていた鞄をテーブルの上に置き、荷物を整理するために開ける。そこで、不意に腕を掴まれた。驚いて振り向くと、すぐ近くに真剣な面持ちのディーンが立っていた。
 僕の腕を掴む手にわずかに力が込められる。残念なことに、その意味に気付かないほど僕は鈍感ではなかった。
 ディーンが何をしようとしているのかはわかっていたが、応えることができずに押し黙る。ディーンは無言のまま、僕の手首の内側の皮膚が薄いところを指先でなぞった。反射的に指がぴくりと動き、それを誤魔化すように拳を握る。ディーンに見つめられながら、どう伝えたらいいのか必死に思考を巡らせたが、上手く言葉にできない。
 ディーンの行動を受け入れられない理由はいくつもあった。
 二人で旅をするようになってからディーンと寝るようになったが、問題が大きくなり、諍いが絶えないようになってからは自然とそれもなくなった。だから最後にしたのはもう何年も前で、すぐに前と同じようにできるかわからないということが一つ。
 もう一つは、僕は魂がなかった自分の行動に自信を持てないでいること。記憶が曖昧なせいで、どこで何をしたのかわからない。正直、男相手にそういう何かがあってもおかしくないと思っている。それを知ってしまいたくないという思いもあった。
 だが何よりも、僕がいない間にディーンが得たものが頭をよぎる。愛するひと、家族、普通の暮らしへの足がかり。僕が、ディーンに手にしてもらいたいと願ったものたち。
 狩りに関することなら、敵を倒していけばいつか忘れて平凡な暮らしに戻れるかもしれない。実の弟を抱いたことだって、生死の境を彷徨うような暮らしの中の出来事だったと、いつか時効だと言える日が来るだろう。でも、ここから先はだめだ。今繰り返してしまったら、もうなんの言い訳もできない。
 わかっているのに、無理矢理にでもこの手を振り解かなければならないのに、どうしてたったそれだけのことができないんだろうと自分自身が不思議で仕方がない。
「サム」
 僕の名前を呼ぶ声が静かな部屋に沁み込んで消えていく。触れ合っている肌がじんわりと湿り気を帯びていく。ディーンの顔にわずかな焦りの色が見えてしまうと、もう拒否することなどできなかった。

 ベッドに四つん這いになって背後から揺さぶられる。顔を埋めた枕が涙や唾液を吸収して濡れているが、そんなことには構っていられなかった。
 痛みがあるのかどうかも最早よくわからないが、異物を挿入される違和感にはどうしても慣れることができない。喉から自分のものとは思えないような鈍い声がひっきりなしに漏れている。抑えることのできない声は色気とは程遠い気がするのに、ディーンはお構いなしで腰を叩き付けてくる。挿入されたペニスがごり、と腹側のしこりを掠めて、堪えきれず引きつったような声が零れた。
「ふ、っぅ、う……ぁっあ゛……ッ」
「はぁ……サミー、っ、すげぇイイ」
「ぁ、ぅ……ッでぃ、それっ、いやだ……っ」
 ディーンは僕の訴えには答えずに、腰に添えていた手を前に回した。熱くかさつく手が腹部を撫で回す。胸を弄られるのだろうかと身構えたが、ディーンの手の動きは愛撫とは少し違っていた。肌の上を這う手のひらは、臍の辺りから鳩尾にかけて何かを確認するように何度も往復している。
「サム……ッサム、サミー……」
 それ以上何を言われるでもなく、ただ繰り返し名前を呼ばれる。背後にいるディーンの表情はわからないが、囁く声はひどく掠れていた。
 その声を聞いて、そこはキャスが僕の魂に触れていた場所だと気が付いた。魂なんて形のないものがこの肉体のどこに収まっているのか知らないが、ディーンにとってはそこが戻ってきた僕の象徴なのかもしれない。
 初めて生き返ったときもそうだった。ディーンは必死な様子で僕を抱きながら、何度も背中の傷を撫で、心臓の鼓動を確認していた。僕らはいつだって相手を失うのが怖くて抱き合っていた気がする。
 そんなことを思い出している間にディーンの手は胸へと届いていた。中心からほんの少し左にずれた場所で、動き回っていた手が止まる。今度は鼓動を確認しているようだ。
 ディーンの手が胸の上にある間は自然と距離が縮まり、背中に温もりを感じる。粘膜に緩やかな刺激を与えられ、さっきとは違うゆったりとした快感が身体を満たしていく。その感覚に身を委ねて目を閉じた。
 後ろから肌馴染みのいい体温に包まれ、柔らかく溶けていくような錯覚に陥りそうになる。それと同時にどこか違和感を覚えて身じろいだ。だが、その正体がわからない。
 なんだろう、と考えようとしたところで、僕が動いたのを合図にディーンは身体を起こし、律動を再開した。それによって、それまでの思考が一気に霧散していく。
 突かれる度にぐちゅぐちゅとあらぬ場所から水音が聞こえてきて耳を塞ぎたかったが、震える腕は身体を支えるのに必死で適わない。ディーンはわざと前立腺を擦るように動いている。それは的確に快感を引き出し、僕の揺れるだけのペニスから先走りが溢れてシーツを汚した。
「っふ、ぅん、ンッ……ディーン、ぁ」
「どうした?サミー」
「ぅ、も……むりっ、立てな、ぃ……っ」
 腰だけを上げた姿勢で踏ん張ろうとしても、がくがくと震える脚ではシーツの上を滑っていくばかりで、今にも崩れ落ちそうだ。
 僕の状態に気付いたディーンがゆっくりとペニスを抜いていくと、排泄に似た感覚に肌がざわめく。時間をかけて体内からペニスがいなくなったところでベッドの上に倒れ込んだ。だが、すぐさまディーンに仰向けに転がされ、再び挿入される。一旦馴染ませるように待ってから、ぐっと奥を押し上げられた。
「っひ、……ッ、ぅ、くる、し……」
「……っああ、悪い」
 快感を拾えない場所への刺激に身体が強張る。ディーンはわずかに腰を引いて、浅いところを刺激できるように腰を揺らした。それに安心して力が抜けてくると、今度はそこから甘い痺れが這い上がってくる。腹の中に溜まっていく快感が前立腺を押される度に背中まで駆け抜けて、堪らず声を漏らしていた。
 声に気付いたディーンが小さく笑みを浮かべて覆い被さり、胸の突起を口に含む。それが気持ちいいのかはよくわからなかったが、時折ぴくりと身体が跳ねると、ディーンは満足そうだった。
 ちゅ、とわざとらしく音を立てて、唾液で濡れた唇が離れていく。そのまま僕を見下ろして、ディーンは腰を押し付けた。下生えがわずかに触れると落ち着かず、僕は足先でシーツを引っ掻いた。
 ディーンの額から流れた汗が僕の胸に落ちる。ディーンの乱れた呼吸が僕の耳を犯す。何度も揺さぶられ、揺れる天井を見上げながら声を上げる。そのとき、何が違和感の原因だったのか、今更ながら気が付いた。
 正面から抱き合っているのに、胸に触れるものがない。
 そっと視線をずらしてディーンの胸元を眺める。幼い頃にプレゼントした首飾りを兄は律義にずっと身に付けていて、それは身体を重ねるときも外されることはなかった。それが、今はない。
 さっき後ろから抱かれていたときも、触れるものがないからどこか物足りなく感じたのだとやっとわかった。
 ディーンが首から下げていたアミュレットは、抱き合うときも僕らの間に存在していた。服を脱いで肌を合わせると、ひんやりとしたものが触れる。その感触も、冷たいアミュレットが段々と人肌に馴染んでいくのも、こうして押し倒されているときに視界の端でゆらゆらと揺れているのを眺めるのも、言ったことはなかったけれど好きだった。
 つきりと胸の奥が痛む。物寂しくなって、ディーンの首元に手を伸ばした。鎖骨と鎖骨の間をそっとなぞり、うなじに向かって滑らせる。すると、もう少しでうなじに触れそうだというところでディーンの動きがぴたりと止まった。不思議に思って顔を窺う。
 そして、見上げた先にあるディーンの表情を見て、僕の動きも止まった。
 僕が触れている場所に何があったのかディーンは気付いている。その証拠に、僕なんかよりもずっと痛そうな顔をしていた。眉間に刻まれた皺も、細められた眼差しも、全てが痛みの強さを表しているようで何も言えなくなる。
 ああ、ごめん。ごめん、兄貴。いつだって、ディーンから大事なものを奪っているのは僕だ。それなのに、その手を振り払うこともできないでいる。
 自分の中に降り積もっていく言葉を伝えられない代わりに、両腕をディーンの首に回して強引に引き寄せる。
「っ、あぶね……!」
「いいから……っ」
 なんとかそれだけ音にして、僕を潰してしまわないよう体勢を整えているディーンに、ぶつけるみたいに口付けた。キスというより、噛み付いたと言った方が正しいかもしれない。舌を挿し込み、意識して体内にあるペニスを締め付ける。すると、伸ばしている舌を甘噛みされた。ぞくりと肌が粟立ち、消えてしまいそうになっていた熱が戻ってくる。
 噛んで、噛まれて、奥を穿たれ、互いに喰らい合うみたいに貪った。
 過去も未来も上手く飲み込めず、全身を焦がすような熱で誤魔化している。こうしていれば、いずれ疲れ果てて眠れるだろう。今はただ、その瞬間を待っている。

error: 右クリックは使用できません