Face the truth *

 それからしばらくして観察期間は問題なく終わった。初めは一人で外出させてもらえなかったが、一週間ほど経ってディーンが問題ないと判断してからは狩りにも復帰した。
 違和感を覚えたのは、すぐに解決できるような小さな事件がいくつか続いた後のことだ。
 僕が退院してから三週間くらい経っていただろうか。まだ“食事”に慣れていないヴァンパイアが起こした事件を解決した日だった。
 ヴァンパイアが寝ている昼間に狩りを終わらせたおかげで、日が落ちる頃にはシャワーを済ませることができた。大きな怪我もなく狩りを終えたことで兄貴は上機嫌で、僕も少しテンションが上がっていたのかもしれない。
 案の定、飲みに行くぞと誘われたが、この日は引きずられるのではなく、自ら喜んでついていった。ディーンが街に着いてからずっと気になっていたというバーに入り、ビールで乾杯する。苦みと炭酸がいつもより美味しく感じた。
 しばらくは二人でくだらない話を続けていたが、おかわりを取ってくると言って席を立ったディーンが戻ってこない。いくらなんでも遅いだろうと店内を見回すと、いつの間にか目当ての女性を見付けていたようだ。ブロンドのロングヘアに肉付きのいい体型。いかにもディーンの好みだな、とわかる相手に笑顔で話しかけている。
 その手に持っているのは僕のビールだろうな、とぼんやりとその光景を眺めていると、不意にディーンと目が合った。『察しろ』と訴えてくる視線を受け流し、カウンターで一人分のドリンクを頼む。
 どうせディーンは朝帰りになるだろうから、適当に飲んだらモーテルに戻ろう。そう思っていたところで、隣の席に気配を感じた。ちらりと視線を向けると、そこに座っていたのは小柄な女性だった。目が合って、挨拶を交わす。飲みながら簡単に名乗って雑談を続けた。彼女は頭の回転が速く、会話が弾んで楽しかった。まとめられたブルネットの髪がきれいだと思った。だから、なんとなく、そういう気分だった。
 彼女と話している間にディーンは姿を消していて、せめて声をかけていけよ、と思ったところでポケットの中の端末が震えた。端末を取り出して確認すると、ディーンから『上手くやれよ』というメッセージが届いていて、思わず鼻で笑ってしまう。
 首を傾げた彼女に謝り、ここから近くだという彼女の家に向かった。
 良い一日だった。間違いなく。ここまでは。
 彼女の家に着いて、ごく自然な流れでセックスをした。久しぶりに感じる人肌は心地よく、柔らかな肌と優しい香りに安らぎと興奮を感じた。そう、ちゃんと感じていた。行為を進めていっても何も問題はなかったはずだ。二人分の熱と甘い声に包まれて、しっかりと濡れた場所に挿入して、腰を揺らして――なのに、イけなかった。
 間違いなく気持ちよかった。彼女にはなんの問題もない。僕だって先走りが溢れるくらいに硬く張り詰めて、達してもおかしくなかったのに、できなかった。快楽は感じているのに時間をかけてみてもダメで、結局射精は諦めた。
 彼女は文句など言わなかったし、僕も謝ったけれど、そうなってしまうとお互いになんとなく気まずくなって、微妙な空気に耐えられず、少し早めに彼女の家を出た。
 まだ薄暗い道を歩いてモーテルに戻る。ディーンが戻ってきていないことに安堵して、さっとシャワーを浴びてベッドに寝転んだ。
 極限まで高められた熱が発散できず、体内で燻っている気がする。だが、今、自分で触っても結果は同じだろうということは想像できた。
飲みすぎて勃たなかったことは過去にあるが、射精だけできないというのは初めてで、上手く熱を処理できない。
 きっと狩りをして、飲んで、疲れていた上に妙なテンションになっていたからだ。そう理由付けて無理矢理目を瞑る。ディーンに何か言われるんだろう、どう答えるか考えるのが面倒だな、と思い、ただただ朝になるのを待っていた。

 次に異変に気付いたのは、それから更に数日経った後だった。
 狩りの合間の休息日。武器の手入れや資料の整理を終わらせて、久しぶりに映画を見た。話題のSFを楽しんでいる途中にしっかりと濡場のシーンがあって、気付けば下半身が反応していた。ポルノを観ている訳でもないのに情けなくなる。
 寝る前に気分を変えてしまいたくてシャワーを浴びようと思って服を脱ぎ、そういえばこの前はイけなかったんだな、と思い出して一人で処理することにした。
 頭から熱いシャワーを浴びて、緩く上向いたペニスに手を伸ばす。一人での行為は処理という言葉が相応しく、さっさと終わらせてしまおうと目を閉じて下半身に集まる熱に集中し、一気に駆け抜けるような感覚に身震いして――また、イけなかった。
 確かに限界まで感じているのに、射精することができない。慣れ親しんだ自分の身体だ。その感覚は間違っていないはずなのに、できない理由がわからない。自慰も含めて最後に達したのは随分前のはずだ。少なくとも、生理現象が起きるくらいには溜まっているはず。なのに、どうして?
 原因がわからず、息を乱したままもう一度触れてみる。擦り上げると自然と腰が揺れて、間違いなく気持ちいい。だが、いくら擦っても先端を弄ってみても、終わりのない快楽を得るばかりで射精することはできなかった。
 どうにもならないとわかり、シャワーをお湯から水に切り替える。上がった体温を強制的に下げて、溜まった熱を誤魔化した。

 そういうことが何度か続いた。
 おかしい。一度か二度なら調子が悪かったで済むが、何度も続くのは異常だろう。
 誰かと話しているときや狩りの間は誤魔化せるが、一人になってしまうとそのことを考えてしまってダメだった。別に特別性欲が強い方じゃない。兄のようにしょっちゅう誰かと寝たいとも思わない。だが、したいときにできないというのは話が別だ。
 勃起はできるが射精はできないという病気もあるらしいが、原因が思い当たらない。かといって病院に行くのも躊躇われる。それに、通院しろと言われても、いつどこにいるか自分でもわからないのに無理だ。
 解決方法がわからないとなると、いよいよ平常時にも影響が出始めた。
 情報収集のためにラップトップに向かっていても集中しきれない。自分が今までより苛ついているのがわかり、それがまた不快だった。ディーンも何か勘付いているのか、時々窺うような視線を感じる。その視線をかいくぐるために労力を使い、また苛立ちが募る。悪循環だった。

 アラームを止めてベッドを出て、のそのそとライブラリーへ向かう。次の狩りの情報収集をディーンに任せて仮眠をとったところだった。少しとはいえ、眠れたことで身体は軽くなっている。何か見つかっただろうかと思い、真剣な面持ちでラップトップを見つめるディーンに近付いていくと、自分が想像していたのとは違う音が聞こえてきた。画面は見えなくても、聞こえてくる女性の甲高い声で中身が何かはすぐにわかる。
「……おい、ディーン」
「ああ、起きたか。おはよう」
「情報収集はどうしたんだ?」
「いいじゃねぇか、ちょっとくらい。休憩だよ、休憩」
 そう言ってへらりと笑う兄に大きなため息がこぼれる。そんな会話をしている間にもテーブルに置かれた機械からはわざとらしい喘ぎ声が漏れていた。
「ポルノを観るなら自分の部屋にしろ」
「男同士なんだし気にすんなよ」
 向かい側の席に座って自分のラップトップを立ち上げ、肩を竦めてみせる兄貴をじとりと睨み付ける。すぐに溜まりそうになる熱から逃れたくて、無意識にテーブルの上をタップしていたらしい。その反応を見たディーンが煽るようににやりと笑った。
「ああ、そうか。サミーちゃんは欲求不満か」
 図星であるその言葉に上手く反論できず、反射的にぐっと唇を引き結んで、失敗したと思った。軽く笑って流せばよかったのに、それができなかった。こんなの「兄貴の言うとおりです」と白状しているようなものじゃないか。でも仕方がないだろう。だって、身体が勝手に反応してしまわないように今だって意識し続けている。
 僕がまずい、と思うのとほぼ同時にディーンは意外そうに目を見開き、それから僕の表情の意味を理解してニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。身を乗り出したディーンの表情はどこか楽しそうに見える。
「おいおい、マジかよ。お前も男だったんだなぁ」
「……」
「よし、狩りっぽい事件も見つかんねぇし、今夜はバーにでも行くか」
「行かない」
「俺がいい娘を見つけてやるって」
「いいって」
「なんだよ、ナンパよりプロの方がいいのか?なら、いい店を知ってる」
「いらない」
「ワガママだな。じゃあモーテルにでも部屋を取って女の子を」
「いいって言ってるだろ!そんなの意味ない!」
 なんとか冷静に対処しようと思っていたのに、積もり積もった苛立ちがピークに達して声を荒げてしまい、言い終わってから再び「しまった」と思った。余計なことを言ってしまった自覚はある。だから、これ以上ヘタなことを口走らないように身構えた。
 さすがにおかしいと思ったのか、ディーンの眉が怪訝そうに上がった。黙り込む僕の挙動を見逃さないようにじっと見られて居心地が悪い。
「“意味ない”ってどういうことだ?」
「別に、たいした意味は」
「サム」
 名前を呼ばれて、びくりと肩が跳ねた。ディーンの声はやけに静かで、その鋭い眼光は『嘘を吐くな』と訴えている。怒鳴られている訳でもないのに咎められているような気分になって、テーブルの下に隠した指先に力が入った。その間もディーンは体勢を変えずに黙って僕を見ている。
「サム」
 再び兄の低い声がライブラリーに響く。それを聞いて、誤魔化すのを諦めた。
「……イけないから、女の子を呼んでも意味ない。それだけ」
 できるだけ普通に喋るように心掛けたが、気まずさも相まって、随分と小さな声になってしまった。そんな僕から目を逸らさないまま、ディーンは不可解そうな顔をした。整った顔が不格好に歪む。
「はぁ?お前、インポになったのか?」
「違うよ。勃つけどイけないってこと」
「……いつからだ?」
「さぁ……三、四週間前とか……」
「三、四週間って……でもお前、女の子とイイ感じになってただろ。ほら、狩りの後のバーで」
 さすがにそれには苦笑で返すことしかできず、肩を竦めてみせると、何があったのか察したらしいディーンの口がぽかんと開いた。みるみるうちに憐みの視線を向けられ、その口が音もなく『マジかよ』と呟く。
 今まで散々弟の失敗を見てきた兄も、今回ばかりは本気で哀れに思ったらしい。慰めの言葉をかけられ、それに適当に返すと、ディーンは口元に手を置いて黙り込んだ。なぜかつけっぱなしになっているポルノの音声が気まずさに拍車をかける。
 どんな状況で自分の性事情を話してるんだ、と冷静になるほどにいたたまれなくなり、ライブラリーでの作業を諦めて、黙ったままテーブルを眺めているディーンを置いて買い出しに行くことにした。

 帰宅してからも気まずいままだったらどうしようかと心配していたが、夕食の時にはディーンは普通の顔に戻っていた。それにほっとして、買ってきたピザやサラダをつまむ。
 思いの外、穏やかな夕食の時間になった。このまま緊急の狩りがなければ少し遠出をしようと話して、それぞれの部屋に戻る。
 シャワーを浴びてベッドに寝転がり、最近めっきり読んでいなかった本のことを思い出して、微かに笑みが浮かんだ。一人で抱えていた問題を、兄が大騒ぎするでもなく受け入れてくれたことに安堵していたのかもしれない。
 ゆっくりと眠気が全身を侵食し始めて、このまま寝てしまおうかと思ったところでノックの音が聞こえた。返事をするよりも早くドアが開けられて、ディーンが顔を覗かせる。
「寝てたか?」
「いや、まだ起きてたよ」
 ドアを閉めて部屋に入ってくるディーンを身体を起こして迎え入れた。ベッドに座り、向かい合う。
「どうしたの?何かあった?」
 腕を組み、ドアにもたれかかったまま動かないディーンに問いかける。すぐに返事がないことを不思議に思って見上げると、ディーンは真っ直ぐに僕を見据えていた。
「病院には行ったのか?」
「は?」
「だから、医者には診せたのか?」
 何を言われているのかすぐにわからず首を傾げていると、ディーンはそう言葉を続けた。それでようやく何の話をしているのか理解した。
 もう終わったと思っていた話を蒸し返されて、つい眉間に皺が寄る。
「……行ってないよ」
「だよな」
 ディーンなりに心配してくれているんだろうと思って答えたのに、知っていた風に返されて腹が立った。じとりと睨み付けてみてもディーンの表情は変わらない。このまま待っていても状況は変わらないと諦めて、小さく息を吐き出す。
「もうこの話はいいだろ」
 そう告げたあとで、随分とつっけんどんな言い方になってしまったことを申し訳なく思ったが、ディーンは文句ひとつ言わなかった。それが奇妙で離れた場所にある顔を見上げると、ディーンは変わらず僕のことを見ていた。ふたつのヘイゼルグリーンがやけに冷たい色を湛えているような気がして、自然と身体に力が入る。
 兄の瞳は普段からこんな色をしていただろうか?
 そんなことを考えてしまった自分に驚き、その考えを振り払うように、きっとこの部屋の明かりのせいだと思うことにした。
 何故かその瞳を見続けることができなくて、視線が床に落ちる。すると、視界の端に映っていたディーンの足が動き出した。迷うことなく真っ直ぐに向かって来ていることを不思議に思い、再び顔を上げたタイミングでディーンの手がベッドに向かって何かを放り投げた。
 動く物体につられて、僕の目は勝手にそれを追いかけていた。音もなくシーツの上に落ちた物を見つめる。小さなチューブと、数字が書かれた小さな箱。その見覚えがある箱が何なのか理解して、僕は思わず固まってしまった。
 ディーンが持っていても何も不思議じゃない物。僕だって使ったことがある物。でも、今は必要じゃない物。
 どうしてその物体がここにあるのか考えて、それなら隣にある物はなんだ、と理解しようとしている間に、ディーンが目の前に立っていた。僕が反応するよりも先に肩を強く押され、あっけなくベッドに倒れ込む。
 慌てて起き上がろうとしたが、それよりも早くディーンに上半身を押さえ込まれて再びベッドに沈んだ。
 無言で動き続けるディーンの考えがわからず、感情が見えない顔を見上げることしかできずにいる。ディーンはちらりと僕の顔を一瞥して、躊躇うことなく僕のスウェットに手をかけた。
 ぎょっとして硬直している間に僕の身体はベッドの中心に押しやられ、スウェットはいとも簡単に下着ごとずらされてしまった。だが、腹部が急に冷えたおかげで、固まっていた声帯をようやく動かすことができた。ギリギリのところで陰部は隠してくれているスウェットに手を伸ばし、これ以上脱がされないようにウエスト部分を握り締める。
「ディーンっ、何してるんだよ!」
 わずかに裏返った僕の声を聞いたディーンは、器用に片方の眉を上げて僕の顔を見た。それから、そんな質問をした僕の方がおかしいのではないかと思ってしまいそうなくらい、なんの異変も含まない声でこう言った。
「お前の服を脱がせてる」
「っ、そうじゃなくて……!」
「自力じゃ無理でも、他人の手ならイけるかもしれないだろ」
「な、にを」
「試してみる価値はある」
 軽薄な笑みを浮かべて手のひらをこっちに向けたディーンは、その手をひらひらと揺らしてみせた。その手に意識を奪われている間に、逆の手が剥き出しの下腹部を撫でる。乾いた指先の感触に反応して、筋肉がひくりと勝手に動いた。それに気付いたディーンの口角が上がるのが見えて、僕の脳は益々混乱してしまった。
 この状況はなんなんだ。ディーンは何をしようとしてる。考えないと。いや、考えたくない。
 そんな、何も生み出さない言葉ばかりが頭の中をぐるぐると巡っている。
 混乱したまま動かない僕を見かねたディーンは、動かしていた指を止めて、僕の顔をしっかりと見ながら口を開いた。
「なあ、サム。このままって訳にもいかねぇだろ」
「……なら、病院に」
「一か所に通い続けられるような生活かよ」
 冷静に、諭すように紡がれる言葉は至極真っ当で、僕は唇を噛みしめた。僕も同じように考えて、それは無理だと判断したんだから。
 反論できないでいる僕にディーンは続ける。
「イけるかわからないのに女の子に相手してもらうのも心苦しいだろ。キャスに治せるもんなのかもわかんねぇしな。聞いてみるか?」
「……」
 そこで頷くわけがないと、わかっていてディーンは聞いている。普通の怪我とは違うということも、他人に話したい内容じゃないことも。
 だが、ここで否定したら、残された選択肢が明確になってしまうのもわかっている。僕は沈黙することしかできなかった。せめてもの抵抗に目線だけは逸らさず、ディーンの視線を受け止める。
 そうして数秒経っただろうか。部屋に沈黙が満ちた頃に、再びディーンの指先が動き始めた。ぞわり、と鳥肌が立ったような気がして、思わず息を飲む。
「選べよ。医者か、キャスか、俺」
「全部いいよ。必要ない」
 そう宣言して起き上がろうとしたが敵わなかった。体重をかけて上半身を押さえられ、あえなくベッドに沈む。それならせめて下着だけでも元に戻したいと思い、腰を浮かせて藻掻いたが、僕が腕を上げきるより先にディーンの手が下着の中に潜り込んでペニスを握った。
「っ、ディーン!」
 慌ててディーンの腕を掴んだが、下着の中に潜り込んだ手は動く気配がない。急所を掴まれていると思うと暴れることもできなかった。
 緊張して力んだ身体を宥めるように、ディーンの手がまだ柔らかいペニスを揉み始める。やり過ごせるよう必死に息を詰めていたが、ただでさえ射精できていない身体は、与えられる刺激に簡単に反応してしまった。
「ディーン、兄貴っ、やめろよ」
「怪我の手当も看病も、俺がやってきただろ?それと同じだ」
 ちがう、と言ってやりたいのに、ゆるゆると動く手の感覚から逃れられない。ディーンの腕を掴んだまま、これ以上勝手に身体が動いてしまわないように集中しなければならなかった。
 半勃ちのペニスを擦る腕の動きを見ていられずに顔を逸らす。その隙に、ディーンが半端に引っ掛かっていたスウェットと下着を一気に引き下ろした。勃ち上がったペニスがディーンの眼前に晒され、羞恥で顔が熱くなる。
 ディーンはしばらく同じ動きを続けてから、ベッドの上に転がっているチューブを手に取った。片手で器用に蓋を開けて中身を手のひらに取り出し、それを僕のペニスに塗り付ける。
「な、なに……!」
「ゼリーだよ、セックス用の。こっちの方がイイだろ?」
「っ、ぅ……ッふ、」
 ぬるりとした感触と共に滑りがよくなり、さっきよりもスムーズに扱かれて勝手に息が上がってしまう。ぬち、と粘着質な音が下腹部から聞こえてきていたたまれず、腕で口元を覆い隠した。
 ディーンの手によって完全に勃ってしまったペニスの先端から透明な液体が滲む。先端のくびれを刺激される度に小さく腰が跳ねる。そうやって射精を促しているのは女性の細い指先ではなく、太く分厚い、けれど僕とは違う男の指だ。その指を辿っていくと真剣な顔をしたディーンに行き付き、兄貴が僕のペニスを扱いているのだと改めて認識した途端に、じわりと涙が滲んだ。
 やめろと言ったのは自分なのに、性欲に流されていく頭も身体も「早く出してしまいたい」と訴えている。僕の抵抗がなくなっていることなんてディーンはお見通しなんだろう。最初は僕が抵抗しないように押さえつけていた腕も、今は脚を開かせるために膝に添えられている。
 久しぶりの他人の手の感触に僕は簡単に昇りつめて、声を出してしまわないように唇を噛みしめながら腰を揺らしていた。それに目敏く気付いたらしいディーンが、先端を強く刺激した。絶頂に近い感覚を覚えて一際大きく腰が跳ねる。
「イけそうならイっちまえよ」
「ん、ん……!」
 そう優しく声をかけられたが、達することはできなかった。
 つい零れてしまった声に気をよくしたのか、ディーンは同じようにペニスを擦り続けている。ぬめりを帯びた指先が敏感な箇所を擦る度に身体は動いてしまうのに、射精することができない。絶頂直前で刺激され続けるのは、いっそ苦しいくらいだった。
「っ、は……ぁ、むり、むりだ、イけない……っ」
「……そうか」
 声を震わせながら訴えると、ディーンはそれだけ答えた。裏筋を撫でるようになぞられて腹筋が反射的に動く。それを確認してから指は離れていった。そのことに安堵する反面、名残惜しく感じてしまったことを情けなく思いながら呼吸を整える。
 ディーンが出ていったら陰部を拭いて、シャワーを浴びて、それから――と考えていたのに、当のディーンはベッドから動く気配はなく、放置されていたスキンの箱に手を伸ばした。
 さっき疑問に思ったはずの箱の存在をすっかり忘れていた僕は、上手く働かない頭でどうしてそれがここにあるんだろうと考えながら、箱の中身が取り出されるのをぼんやりと眺めていた。
 ディーンは黙ったまま手を動かし続けている。箱から取り出したパッケージを開けて、真新しいスキンを自分の指に被せる。その上に新たなゼリーを垂らしてチューブを置くと、膝を押さえながら僕の表情を確認した。僕が困惑して眉を下げているのを見て、ディーンは苦笑を浮かべている。
「この方が直接より抵抗ないだろ?」
「……え?」
「痛かったら言えよ」
 そう告げた声はやけに穏やかで、僕の中に疑問だけが降り積もっていく。ディーンが何をしたいのか理解が追い付かないまま首を傾げたが、説明するつもりはないのか、ディーンの視線は僕の下腹部に戻っていった。そして、自分の視界に入らない場所にぬるりとしたものが触れたことで、僕の脳は一気に覚醒した。
 ディーンが何をしようとしているのか気が付いて急いで止めようとしたが、それよりも先に指をアナルに押し込まれた衝撃で僕はベッドに沈んだ。
 外傷なら慣れている。ナイフで切られても、銃弾を受けても、痛みはあるが抵抗はない。対処法を知っているからだ。だが、内臓は別だ。どうしたら危険なのか、どこまでは安全なのか、自分ではわからない。しかも、痛みを与えることが目的ではないのなら尚更だ。
 未知の感覚に緊張が走る。それを察したディーンに優しく太腿を撫でられ、わずかに力が抜けた。その瞬間を狙ってゆっくりと指が押し入ってくる。ゼリーのおかげなのか、痛みを感じないのが奇妙だった。
「ディーン、もういい、から……」
「よくねぇよ。もうちょい我慢しろ」
 ディーンが慎重に指を動かしているのがわかる。その慎重さが異物感を余計に際立たせていて、どうしても上手く力を抜くことができない。
 なんとか内部から気を逸らしたくて指を噛んでいると、内腿に微かな痛みが走った。何事かと思って視線を下げた先で、ディーンが太腿に唇を這わせている。
「指噛むな」
「ひ、ぅ……ッ」
 かぷ、と痕がつかない程度に歯を立てられて肌が粟立つ。新たに与えられた感覚に意識を奪われている間に、体内にある指は少しずつ動きを大きくしていた。まんべんなくゼリーを塗り込むように、そして内部を広げるように指が蠢く。
 ディーンがしているのは触診だ。診察行為と変わらないはず。そう思いたいのに、異物に慣れ始めた入り口がむず痒いような気がして口元に当てた手に力が入ってしまう。
 どうしたらいいのかわからず息を詰めて耐えていると、ディーンの指先が何かに触れた。びくっ、と足先が跳ねて、何かが背筋を這い上がってくるような感覚に襲われる。声を押し殺して隠そうとしたが、ディーンが見逃してくれる筈もなく、再びそこに指先が触れた。
「あ、ッ、ディーン……!」
「外からがダメなら中から、だろ?」
 冗談を言うような軽い口調でそう言われて、怒りがこみ上げてくる。だが、それはあっさりと消え去ってしまった。ぐにぐにと体内で動く指は、繰り返し敏感な場所を刺激してくる。そこを押される度に身体が跳ねて、全身に汗が滲んだ。強烈な快感に思考回路が崩れていく。
「でぃ、っディー、それ、いやだ、ぁ」
「痛いか?」
「ちがっ、ちがう、ぅ……ッ」
「なら楽しめよ」
 痛いと言えばやめてもらえたかもしれないのに、なぜ正直に応えてしまったのかと後悔したが、そんなのは一瞬で、内部を一際強く押し込まれてすぐに他のことは考えられなくなった。
 さっきから触られていないのにペニスは上向いたまま先走りの液を垂れ流し、ディーンの指の動きに合わせて時折小さく震えている。呼吸はどんどん乱れていき、口を閉じているのも難しい。
 このまま終わらない責め苦が続くのだろうかと、そんなことが脳裏をよぎったとき、不意に体内の指が引き抜かれた。ずる、と外へ向けて引っ張られるような感覚に、ぶるりと身震いする。一先ず圧迫感が消えたことに安心して息を吐いたところで、再度異物が侵入してきた。
「っひ、ん、っん……」
「いい子だ、サミー。ちゃんと入ってるぞ」
「ぇ……、なん、ぼん……?」
「二本。無茶はしねぇから安心しろ」
 体内に進入してきたものの質量が増えている気がして訊ねると、ディーンは困ったようにそう言った。
 アナルに兄の指を突っ込まれているということ自体がもうすでに無茶の範疇だと思ったが、反論に力を使うのが惜しくてやめた。僕が何も言わないのを肯定と捉えたのか、ディーンは指を奥へと進めていく。さっき敏感に反応した箇所を二本の指で揉まれて腰が跳ねた。
 少しでもこの強烈な感覚から逃れたくて、身体を捩って枕にしがみつく。そのまま脚も閉じてしまいたかったが、それはディーンが許さなかった。閉じかけた太腿をぐいっと力強く開かれる。僕はもうされるがままで、体内から襲い来る感覚を受け止めるのに必死だった。
「どうだ?サミー、イけそうか?」
「ふっう、ぅ……ッわか、んな、い……っ」
「……そりゃそうだよな」
 そう呟いたディーンは体内に指を埋めたまま、脚に添えていた手をずらしていき、無防備なペニスを握り込んだ。わずかに触れただけなのに大げさに身体が跳ねてしまい、全身を熱が駆け巡る。
「はぁ、あっ、あにき、ぁ、も、やめ……ッ」
 震える声を絞り出して訴えてみたが無視された。その代わりとでもいうように、膝にそっと唇が触れる。幼子をあやすような優しいキス。その仕草が行為とかけ離れていて、余計に訳がわからなくなった。
 ディーンの唇が膝から離れていくのと同時に、ペニスの表面を撫でるように触れていた手が強く先端を引っ掻き、その衝撃で腰を突き出していた。それに合わせて体内に入ったままになっていた指が、しこりを強く押し込んだ。
 前からも後ろからも、ぐちゃぐちゃという濡れた音が響いて耳を犯す。もう随分前から限界を迎えていたところを同時に刺激されて、涙で視界が滲んだ。
「や、あっぁ……!でぃ、だめ、ッ、むり……!」
「無理じゃねぇって。ほら」
「あッ、ぅ……いき、いきたぃ……っディーン、あっあ……!」
 中も外も的確に快感を与えられ、自分が何を口走っているのかもわからなくなる。そして、一際強い波が腰から頭のてっぺんまで駆け抜けて、ぎゅうっと全身に力が入った。ぶるぶると震えている間にディーンの手が止まり、ゆっくりと指が引き抜かれる。
 意識が定まらないままそっと下半身を窺い見ると、ディーンの手が白く汚れていた。ぽたり、と生温い粘液が下腹部に滴り落ち、ああ、イったんだと理解した。久しぶりにちゃんと射精までできたことに安堵して息を吐き出す。
 ディーンはティッシュで精液を拭い、ゼリーで濡れたスキンをまとめて丸めて捨てていた。
 着たままだったTシャツが汗を吸って肌に張り付き、気持ち悪い。だが、起き上がることもできず、シーツに湿った額を押し付けた。
「ちゃんとイけたな」
 手元の処理を終えたディーンも安心したようにそう言って、ぽんぽんと優しく太腿を撫でた。
 その肌の感覚に、ひくり、と脚が震える。自分の中の奇妙な感覚に怯えてシーツを強く握り締めた。落ち着いてきていたはずの息が上がり始めて、それを隠すために枕に顔を押し付ける。
 男なんて、出すものを出してしまえば、あとは落ち着いて終わり。そのはずなのに、身体の奥で燻ぶる熱が消えてくれない。しかも、そこは意識したこともないような場所だった。
 アナルに挿入されていたディーンの指が触れていた箇所。その更に奥が疼いている。意識しないようにと思えば思うほど身体の奥で渦巻く感覚は強くなり、じっとりと汗が滲み始めた。
 見られたくない。火照る頬も、汗ばむ肌も、今にも反応してしまいそうなペニスも。隙間を埋めようと収縮する孔も、何も知られたくない。
 横向きになって身体を丸め、顔を見られないように枕に埋めてやり過ごす。ディーンが出て行ってくれることを願ったが、扉が開く気配はない。それどころか、ぎし、と音を立てて足元のスプリングが軋んだ。
「サム?平気か?」
「……大丈夫だよ。ちょっと、疲れただけ」
 なるべく平静を装って答えたが、少し語尾が震えてしまったかもしれない。自分の腕と髪でディーンの顔は見えないが、静かな視線を感じる。じっと観察されているのがわかり、余計に体温が上がった。
「……サム」
「……何?」
「嘘は吐くな」
「嘘じゃない」
「慣れないことをやったんだ。何かあってもおかしくねぇだろ」
「問題ないって」
「なら、こっち見ろ」
「……っ」
「サム、調子悪いならちゃんと……」
 その続きは言葉にならなかった。顔色を確認しようとして覆い被さってきたディーンに腕を掴まれ、強引に顔から引きはがされる。そこでディーンの動きはぴたりと止まった。
 きっと今、自分は熱に浮かされた情けない顔をしているんだろう。そんな姿を見られたと思うと頬が熱くなり、恥ずかしくて仕方ない。
 久しぶりに見たディーンの額にはうっすらと汗が浮かび、瞳がやけに煌めいて見える。腕を掴んだ手のひらが酷く熱くて、心臓が大きく跳ねた。ディーンの熱が触れている場所から伝わり、自分の体温も上がっていくようで、掴まれた腕が震える。はぁ、と小さく息を吐き出すと、ディーンの喉仏が上下するのが見えた。
 そうして動けずにいる間も燻ぶる熱は治まる気配はなく、じくじくとした疼きに変化している。身体の最も奥深い場所が熱い。きっと、指なんかじゃ触れない場所。なら、何ならその疼きを静められるのか。その答えはすぐに見つかりそうなのに、知りたくなかった。
 自分の身体に何が起こっているのかわからず、混乱と羞恥が頭を支配していく。
 身体の変化を隠そうとして縮こまっても、ディーンに簡単に暴かれてしまう。ディーンは汗で湿った僕のTシャツを捲り上げ、腹筋を指先でなぞり始めた。鳩尾からゆっくりと下がっていき、臍の下に辿り着いたところでぴたりと止まる。そして、そのままトン、と小さく叩かれた。
「ひ、っ……」
 その途端にびくりと身体が跳ねた。反射的に漏れてしまった声を慌てて飲み込む。
「ここか?」
 とん、とん、と指先でタップされる度に跳ねてしまう身体をなんとか抑え込みながら、もう自分ではどうしたらいいのかわからず、無言で何度も頷いた。
 僕の腹部を弄っているディーンの表情は険しく、しっかりと皺が刻まれている。僕は外から与えられる振動と、それによって呼び起こされる感覚から逃げようと、枕に顔を埋めてきつく目を閉じた。
 そのほんの数秒後、小さな舌打ちが耳に届いた。
「……やっぱり殺しておけばよかった」
 何やら物騒な言葉が聞こえた気がして目を開けると、ディーンは既に体勢を変えていた。上半身を起こしたディーンの手には、新しいスキンが握られている。そして、だらしなく力の抜けた脚に固いものが当たった。ジーンズの生地越しに、確かに押し上げているものがあるのがわかる。
 さっき見た汗や、手の熱さ、ぎらつく瞳の理由に気付き、ぞくりと何かが這い上がってくる。知りたくなかった答えを突き付けられて、一気に体温が上昇した。もうその先のことしか考えられなくなってしまいそうだった。
 “これ”が指じゃ届かない場所まで、自分を満たしてくれるものだ。
 反射的にそう考えてしまい、自己嫌悪する。それなのに、すぐにそれを凌駕する熱が襲ってきて、段々と何を考えているのかわからなくなってきていた。
「脚開けよ」
 そう声をかけられて、無意識に言われた通りに動いてしまい、自分自身でも驚いた。だが、悠長にそんなことを考えている余裕はなく、アナルに指が侵入してきて息を飲む。さっきまで弄られていたそこはまだ濡れていて、難なく二本の指を飲み込んだ。
 ディーンの指が動く度にゼリーのぐちゅ、という音が響き、喉の奥から声がせり上がってくる。慣らされた粘膜が快感を拾い上げ、ペニスはあっという間に硬さを取り戻してしまった。
 入り口付近まで指が引き抜かれ、質量を増やして戻ってくる。思わず腰を引いてしまい、ディーンに引き戻された。挿入された三本の指がばらばらに動いて内部を念入りに押し広げていく。そこでようやく、今度は指を被うスキンがないことに気が付いた。どうして、なんて考える余裕もなく息を荒げる。
 指で粘膜を擦られて確かに快感を拾っているのに、物足りなさで頭がおかしくなりそうだ。今にも「足りない」と口走ってしまいそうで、それだけは阻止したくて口を手で覆い隠す。それでも断続的に声が漏れてしまうのは止められなかった。
 そこじゃない、そんな浅いところじゃなくて、はやく、もっと奥を――。
 そればかりが頭を支配する。自分を支配している熱が、欲求が苦しくて、口を塞いでいた手をそっとずらした。零れてしまいそうになる涙を堪えてディーンの顔を見上げ、震える声を絞り出す。
「でぃー、ディーンっ、ぁ……ダメ、もう無理だ……ッ」
「もうちょっとだから落ち着け」
「むり、ぃ……でぃ、っぅ……お、おく……ッおく、が……!」
 その言葉を聞いたディーンの表情がゆっくりと変わっていくのがわかり、涙が溢れて頬を流れた。その瞳に滲む憐みが、失望が伝わってくる。
 自分がとんでもなくはしたないことを言っているのだと思うと、恥ずかしくて堪らなくなった。
 同性で、家族で、女好きの兄に何を言おうとした?
「ディーン、今のは……ぁっ」
 忘れてくれ、と続けようとしたところでいきなり指を引き抜かれて、続きは言葉にならなかった。今度こそ出て行くんだろうと思って目を閉じる。しかし、聞こえてきたのはベッドを降りる音でも、扉の音でもなかった。
 聞こえてきたカチャカチャという金属音を不思議に思って様子を窺う。そこで視界に飛び込んできたのは、ベルトを外し、ジッパーを下げたディーンの姿だった。
 ディーンは立派に反り返った自身にスキンを被せてから、僕の両足を抱え上げた。散々指で慣らされた場所に硬さを持ったゴムの感触が当たる。それを意識した途端にまた奥が疼いて、羞恥で涙が流れた。それなのに、期待で身体が震えてしまう。それをどう捉えたのか、ディーンは曖昧な笑みを浮かべてゆっくりと腰を押し進めた。
「無理だと思ったら目閉じて、最高の美女でも想像してろ。まぁ、ちょっと特殊すぎるプレイかもしれんが」
「はぁっあっ、ばか、あにき……っ」
「そんだけ言えりゃ上等だな。……治療だと思っとけばいい」
 こんな治療がある訳ないとか、こんな症状自体おかしいとか、言いたいことは山ほどあるのに、呼吸をするのに必死で全く言葉にならなかった。
 ゆっくりと、だが確実にディーンのペニスは奥を目指して進んでいる。指とは全く違う太さのものを挿入されているのに、痛みがないことが逆に恐ろしかった。硬い切っ先が前立腺を通り過ぎ、初めて触れる場所に辿り着く。
「っあ!ぁ、ぅ……ん、んんっ」
「っは……、痛みは……ないみたいだな」
 腹の中から駆け抜ける感覚になんとか堪えようとしていたのに見透かされて、きゅ、と指先に力が入った。自分でも聞いたことがないような声が出てしまいそうで、きつく歯を食いしばる。すると、下半身まで力が入ってしまったらしく、ディーンが小さく呻いた。ディーンは僕を見下ろしたまま静かに息を吐いて、掴んでいた脚を下ろして腹部を撫でた。
「サミー、声出して力抜け」
「……ん、ぅんっ、んっ」
「ほら、いい子だから」
 首を振って拒否を示した僕に呆れたように小さく笑ったディーンは、湿った肌に手を這わせた。ざらつく手のひらが腹部を往復し、そのまま無防備なペニスを撫でる。それによって呼吸が乱れた瞬間を狙い、ディーンのペニスが内部の奥深くまで入り込む。
「……ッ、ア、ぁっ――……!」
 身体の中で燻っていた熱が一気に全身を駆け巡り、ろくに声も出せずにシーツに縋り付いた。突然の感覚に襲われて脳がくらくらと揺れている。全身に残る甘い痺れに自然と涙が滲んだ。
 困惑したままディーンの様子を窺うと、ペニスを撫でていたはずの手のひらをじっと見ていた。その指の隙間から白濁色の液体が零れて僕の腹を汚す。
「え……?」
 一瞬何が起きたのかわからなかったが、それは間違いなく僕の精液だった。その証拠に、張り詰めた先端から精液の残滓がだらだらと零れている。ろくに前を触られてないのに達したのだという事実が脳に届いた途端に、思考がぐちゃぐちゃになった。情けないやら恥ずかしいやらで涙が溢れてくる。
「ぁ、なん、なんで……っ」
「サム」
「っディーン、ちがう、ぼく……」
「しぃ……サミー、大丈夫だ。イけたのはいいことだ。そうだろ?」
「ぅう……でぃ、ん……ん、ぁ」
 何を言いたいのかもまとまらないまま喋ろうとする僕に向かって、ディーンはそう言い聞かせてゆるゆると腰を動かした。達したばかりだというのに、貪欲な粘膜は簡単に快楽を拾い上げて、僕の頭の中をぐずぐずに溶かしてしまう。
 ディーンのペニスが時間をかけて引き抜かれ、同じように戻ってくる。その動きだけでも細かな快感が背筋を這い上がって、びくびくと身体が跳ねた。抽挿が段々と速くなっていき、奥を突き上げる動きに変わる。
「あっ、ア、でぃーん……っでぃ」
「ッ、どうした、サミー?」
「ふ、ぅあ、ぁ、どう、どうしたら、いいッ、……?」
「何もしなくていい。気持ちいいことだけ考えてろ」
 そう告げられて、上擦った声をあげながら何度も頷いた。
 溶けたジェルの音が、肌がぶつかる音が、やけに耳に届く。二人分の荒い呼吸で満ちた部屋で、もう自分ひとりじゃどうにもならず、腰を掴むディーンの腕に縋り付いた。腰から離れて伸びてきたディーンの腕に擦り寄り、腕、肩と辿って分厚い背中を引き寄せた。
 手のひらで触れたディーンの背中は、服越しでもわかるくらい湿っている。額からも汗が流れ落ちてきて、酷く興奮していることがわかった。僕もディーンも服を着たままなのに、それでも伝わってくる熱があることに更に興奮した。肌にディーンの吐息が当たり、堪えきれなかった呻くような声が聞こえる度に胸が締め付けられた。
 もうとっくに治療なんて体裁は崩れ去っていたが、あまりにも気持ちよくて、この時間が終わってしまわないように快楽を貪る。“何が”気持ちいいのかは、考えるのを放棄した。

 汗と涙でぐちゃぐちゃになって、僕のTシャツもディーンのシャツも精液でどろどろになった頃に行為はようやく終わりを迎えた。そっとアナルからペニスを引き抜いたディーンは、精液をたっぷりと溜め込んだスキンの口を縛る。それを処分し、きちんと後処理まで済ませて、ディーンは部屋を出て行った。
「シたくなったら呼んでいいからな」
 なんて、低俗な冗談を添えて。
 ディーンの後処理は完璧だ。さすが、子供の頃から弟の面倒を見ていただけあるなと感心してしまう。さっさと汚れたシーツを交換して、身体を拭いて、服を替えさせる。完璧だ。だから、何も言うことなんてないはずだ。
 だるい身体を抱えてベッドに横になり、ぼんやりと壁を眺める。睡魔がやってくるのを待っている間に考えてしまうのはさっきのことだ。
 最後の方は、僕はもう喘ぐことしかできなくなっていたし、ディーンは最初の丁寧さなんて忘れてしまったかのように腰を振っていた。最後は僕の中で果てたのだと思うと、腹部が妙な熱を持つ気がする。それを振り切ろうと目を閉じたが、目蓋の裏に浮かぶのはディーンの顔だった。
 スキンの処理を終えたディーンは、投げ出された僕の脚を優しく撫でていた。その表情はどこか険しく見える。親切心で始めたはずなのに、弟とセックスまがいのことをしてしまったことを悔いているんだろう。そう考えると無性に苦しくなった。
 悪いのは何故かこんな身体になってしまった僕の方で、ディーンは付き合ってくれただけ。そう、あれはセックスの真似事だ。その証拠に下半身はあれだけ密着していても、上半身は直接触れ合うことはなかった。キスだって一度もしなかった。あれは治療の延長線上で起きてしまった事故で、愛情の発露ではなかった。だから、ディーンが何かを背負う必要はない。わかっているのに、身体に残った熱が消えてくれない。
 視界を埋め尽くす暗闇が少しずつ濃くなってくる。もうまともに考える力も残っておらず、静かに眠りに落ちていった。

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