Bulimia *

お題アンケ「今だけだから」で既婚ヘムトム。
してるだけ。底なしの欲望な話。

『今日はトムの好きなようにしよう』
そう言い出したのはクリスの方だ。
理由は単純。ここしばらくの間、予定を変更し続けたことへの“お詫び”なんだそうだ。
別に怒ってなんかいなかった。彼が色々な現場に引っ張りだこで忙しい毎日を過ごしていることは知っていたし、急なスケジュールの変更は彼の一存でどうこうできるものじゃない。そんなことはわかっていたから、残念だとは思っても怒りを覚えたりはしなかった。
だから、彼にそう言われたときも「そんなのは必要ないよ」と伝えたけれど、クリスは「俺がそうしたいんだ」と返した。
僕はクリスに甘えられると滅法弱い。自覚はある。けれど、今日も僕はクリスに敵わなくて、その提案を受け入れた。

お互いの気持ちいいところをわかり合っている僕らは、快楽に貪欲だ。
今日は思い切り甘やかすと決めていたらしいクリスに全身を愛撫され、なんとか彼にも愛撫を返そうとしていたのも束の間、あっという間に僕は喘ぐことしかできなくなっていた。
薄暗い部屋のなか、ベッドにうつ伏せになって脚を伸ばしたまま後ろから犯される。性器がシーツに押し付けられて熱を逃がす場所がない。僕が感じるのは、のしかかっている彼の重みと、スキン越しの硬い熱と、汗で湿った彼の肌。
抱き締めているかのように僕の背中とクリスの胸がぴったりとくっつき、彼の息が首筋にかかる。じんわりと与えられる熱に意識を奪われそうになりながら僕は、顔の横にある太い腕にしがみ付いていた。
体温が上がった肌は心地いい。目を閉じてゆっくりと腕をなぞると、彼自身の上半身を支える腕の張りが伝わってくる。僕に覆い被さりながらも潰してしまわないように加減してくれている腕の、美しく整えられた筋肉の線。それを手のひらで感じながら、彼の息が一瞬詰まったのを聞き取ってそっと微笑んだ。これは彼が感じるところのひとつ。
はぁ、と深く吐き出されたクリスの息が僕の肌を湿らせる。
時間をかけて高められた身体は少しの刺激にも敏感になっていて、肩に柔らかな唇が触れるだけでクリスを受け入れている場所がうねった。そうしようとしている訳ではないのに、彼を逃すまいとするかのように勝手に腹の中が蠢いてしまう。
その刺激を受けたクリスがゆっくりと腰を揺らすと、微かな摩擦に肌が粟立った。激しさなど感じられないのに、重なった陰部からはちゅぷ、と粘着質な音が聞こえてくる。それにすら興奮して、口から甘ったるい声がこぼれた。
「ん、んっぁ……」
「これ?」
「っ、ぅん、きもちいい……ッ」
その言葉にクリスはキスで応える。音を立てながら首筋を啄まれて身体が震えた。
反応に気をよくしたのか、変わらないリズムでゆるゆると揺さぶられて、満たされているようでいて物足りない。確かに快感が身体を支配しているのに、僕はまだ餓えているような気がしていた。
何も身に付けず密着して臓器で触れ合っているというのに、もっと近くに、という意識が消えない。まるで会えなかった分を取り戻したがっているみたいだ。
喘ぎ声を漏らす僕の唇をクリスの指がなぞる。顎を捕らえながら、指の腹がギリギリ口内には侵入しないところをかすめていき、堪らなくなってその指先を口に含んだ。できるだけ深いところまで飲み込み、唾液を馴染ませるように舌を絡める。
彼に近付けば近付くほど感じる飢餓。
舌の動きに合わせて口内で指が動くと、その指の厚みと気遣う動きから彼を強く感じるのに、どうしたらもっと近付けるだろうかと考えて軽く歯を立てた。
この皮膚が、粘膜が、僕らを隔てる。どうしようもなく。
僕が噛んだのと同時にクリスの呼吸が変わったのを感じて、胸の奥が疼いた。それをもっと感じたくて、指から口を離して手首へと辿っていく。手のひらの緩やかな膨らみも骨張った手首も、全て味わうように舌を這わせ、歯を立てる。
今の体勢で辿れる限界まで舌を伸ばし、これ以上は進めないというところで噛み付いた。
クリスの腕に刻まれた文字に歯を立て、舌で愛撫し、音を立てて唇を離す。
すると、頭上で小さな呻き声が聞こえて、体内に埋まっている性器の体積が増した。ただでさえ狭い後孔を更に圧迫され、深く息を吐き出す。
ぐ、と腰を押し付けてきたクリスにきつく抱き締められて震えながら、僕の中の飢餓感は限界まで膨らんでいた。腹の奥底から湧き上がる感覚に、悲しくもないのに涙が浮かぶ。
欲望ばかりが頭の中を埋め尽くしていた。
「……っ、ねぇ、クリ、ス……」
「ッ、ん?」
「はずして……」
「何……?」
息も絶え絶えに言葉を繋げる僕を見たクリスは、腰の動きを止めて僕の肩に口付けながら先の言葉を待った。
快感に脳を揺さぶられながら、なんとか話を続ける。
「スキン……はずして、続きがしたい……っ」
そう告げた途端、それまで穏やかに愛撫を続けていたクリスの動きがぴたりと止まった。表情は見えなかったが、困惑している空気が伝わってくる。横目で窺うと、固まっていた表情がゆっくりと苦笑に変わるところだった。
さっきまで噛み付いていた手が、宥めるように僕の腕を撫でる。
「トム、それは体に……」
「大丈夫……。今日は僕がしたいように、って、君が」
「言ったけどさ」
「今だけだから」
おねがい、と付け加えてもう一度口の中に指先を迎え入れる。音を立てながら何度も吸い付いている間、クリスは何も言わずにその様子を見ていた。視線がそこに向かっているのを感じて、わざとらしく舌を突き出して唾液を絡ませると、肩口に長く吐き出された息が当たった。それはため息にも呻き声にも聞こえたが、身動きが取れない僕にわかるのは、それがひどく熱いということだけだ。
クリスはゆっくりと身体を起こして僕の肩甲骨から背骨にかけて手を這わせながら、再び息を吐いた。
「……本当、人の気も知らずに」
「んっ……クリス?」
「俺も我慢してるってこと」
そこまで言うとクリスは時間をかけて性器を抜いた。ずるり、と体内を圧迫していたものが消えていき、感じる微かな喪失感。
僕がそれに気を取られているうちに、クリスは濡れたスキンをはずしてシーツの端へと放り投げていた。熱を持ち、反り返った彼の性器が姿を現す。もう一度それを受け入れるために仰向けになると、クリスの腕が太腿に伸びて僕の脚をしっかりと抱えた。
ひくつく窄まりに先端が宛がわれたかと思うと、そのまま後孔を押し広げながら進入してくる。
今まで感じたことがない熱さと、より鮮明に伝わってくる凹凸のかたち。挿入しているだけなのに襞と絡み合っているのを感じて、目の前がチカチカと光ったような気さえした。
いつもと違う感覚に声が抑えられない。それはクリスも同じだったようで、眉を寄せて荒い呼吸を繰り返している。
「あっ、ぁ……っはぁ、くり、す……!」
「ッ、あぁくそ、あっつ……ッ」
低く響くその声は獣のそれによく似ていた。
あんな薄い膜一枚を取り払っただけなのに、身体は敏感に反応している。身体の奥がいつもより熱い。彼の形を覚えてしまった粘膜が、彼自身にぴったりと吸い付いて離れない。
根元まで挿入したクリスが目を閉じて息を吐き出している間も、感じる快感に震えが止まらない。
少し呼吸を整えてからクリスの目が開かれる。そこに現れた、欲望に濡れてぎらぎらと光る瞳を見つけた瞬間、心臓が大きく跳ねた。その瞳に見つめられているだけで脳が沸騰していく。
何も言えずに呼吸を繰り返すだけの僕を見下ろしながら、クリスは僕の脚を抱え直した。
「悪い、我慢できない……っ」
「ぇ、ッあ!」
そう短く告げて、クリスはより深く腰を押し付けた。
硬い先端で最奥を突き上げられる感覚に、腸壁が勝手に反応してきゅうきゅうとクリスの陰茎を締め付け、腰は浮いてしまう。ゆるゆると動いていたクリスは段々と速度を上げて、何度も最奥を穿った。
クリスが腰を動かす度に奥の一番敏感なところを突き上げられ、抜くときには前立腺を抉られる。部屋を満たしているのは二人分の喘ぎ声と、体内から聞こえてくる粘着質な音、そして肌がぶつかる乾いた音。
脚を支えていた両手は腰に移動し、動いてしまう身体をしっかりと掴んでいる。僕も腰を揺らしながら、自由になった両足をクリスの腰に絡めた。肌の湿り気を感じながら触れ合っている箇所に微かな電流が走っているかのようで、それすらも快感に繋がっていく。
触れている場所全てが気持ちよくて、それをもっと感じたくて、半開きになっていた唇から舌を伸ばした。それと一緒に唾液が頬を伝ったが、そんなことはもうどうでもよかった。
彼を感じたい。僕の中で。
もうそれしか考えられない。
僕が何を求めているのか気が付いたクリスが、上半身を倒してキスをする。そのまま飲み込まれてしまいそうなキス。舌を伸ばして、吸って、それをお互いに繰り返す。
僕に覆いかぶさったクリスの腕が僕の頭を包み込む。僕が両腕をクリスの背中に回して擦り寄ると、それに応えるように彼の指が僕の髪を撫でた。熱を持った指先が生え際なぞり、耳の後ろに触れる。ぞくり、と甘い痺れが全身を駆け抜けた。
口内を犯し、胸も、脚も、体内の粘膜まで、触れていないところなどないくらい密着しておきながら、僕の飢餓感は止まるところを知らない。

全て欲しい――その『全て』がなんなのかも知らないくせに。

心臓の奥の方から、じくじくと抑えきれない空白が滲み出てくる。
その飢えを満たすべく、僕らは夢中で貪り合った。クリスも全身をくっつけたまま離れようとはしない。粘膜を何度も押し上げられ、全身から与えられる快感に腹の奥から熱が一気にせり上がって、一際高い声が漏れた。
彼の唇に喰らい付きながら、キスの合間になんとか言葉を紡ぐ。
「あっぁ、くりすっ、い、く……ッ」
「俺も……っ、トム、脚おろして」
「んんっ、いいから……ッあ、このままっ」
そこまで口に出したところでクリスの口角が上がったのが視界に入り、そこから先は言葉にならなかった。感じるところを狙って突き上げられて、言葉とは程遠い喘ぎ声ばかりが口から零れて止められない。与えられる快楽に流されるまま、彼の背にしがみついて吐精した。
全身に力が入って体内の陰茎を締め付け、クリスの腰が強く押し付けられたのと同時に、身体の奥が濡れたのがわかった。
それは奇妙な感覚だった。今まで味わったことのない不思議な熱さ。どろどろの粘液が粘膜の隙間を隅々まで埋めていくような、そんな感覚。腹の中に溜まっていた熱を解放したことで、頭の中を埋め尽くしていた飢餓感も消えた気がして、僕は安心して小さく微笑んだ。
短い呼吸を繰り返しながらクリスを見上げると、上半身を起こした彼も笑みを浮かべて僕を見ていた。
半分影になっているその表情は、長い付き合いの中でも見たことがないもののように見える。けれど、それが何を意味しているのか、茹だった頭では考えることが出来なかった。
そういえばさっき何か聞いた気がする。
なんだっただろうか、と記憶を遡ろうとして失敗した。クリスの手が伸びてきたからだ。
まだ熱い手のひらが、汗や精液で濡れた僕の腹を撫でている。ゆっくりと臍と恥骨の間を往復し、挿入されたままの彼の性器の上をなぞる。
僕がそこから快感を拾い上げるよりも先に体内の陰茎が硬さを持ち始め、堪らず湿った息を吐き出した。こみ上げてくる熱に身体が支配されていく。それは彼も同じだということが、その瞳に宿った光でわかる。
僕らはお互いの瞳の奥を覗き込み、自分たちの欲深さに小さく笑い合った。

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