平和な休日の朝。ヘムがトムをめちゃくちゃ甘やかす話です。
カーテンの隙間から一筋の光が部屋に差し込む。
その光が調度顔に当たり、眩しさに顔をしかめてシーツを目元まで引き上げた。上質の布が全身を包み込んでいて心地いい。
寝惚けた脳が目覚めと眠りの間を行ったり来たりしている。
あるはずの温もりを求めて自分の隣の空間へと手を伸ばした。だが、そこに温もりはなく、さっきから触れているのと同じシーツの感触があるばかりだ。
撫でたシーツの冷たさが気持ちいいと思ったところで、温もりが消えてしまうほど、隣で眠りについた人物がそこを離れてから時間が経っているのだと気が付き、眠りの狭間をさ迷っていた脳が覚醒へと傾く。
「クリス……?」
日光から隠れるようにうずまっていたシーツをよけて、もぞもぞと顔を出す。
水分を失った喉から掠れた声が出た。
自分で予想していたのとは違う声だったが、呼び掛けた人物には届いたようで、ゆっくりと人の気配が近付いてくる。随分と小さな声になってしまった気がしたのだけど、それだけ注意を払ってくれていたのかもしれない。
「起きた?」
「うん……」
「おはよう、トム」
「おはよう、クリス……」
穏やかな声と共に大きな手のひらがくるくると跳ねた髪を撫でる。
元々彼が寝ていたであろう隙間にクリスが腰を降ろしたことで、ベッドが軋んだ。
皮膚を滑る指先が心地いい。
それから、額に柔らかな感触。うっすらと目を開けると、ちゅっ、と音を立てて、触れていた彼の唇が離れていくところだった。
彼から香るコーヒーの匂いと、微かに聞こえてくるテレビの音で、自分が随分寝坊してしまったらしいと気が付いた。
なんとか起きようとするが身体がついてこない。ぐずるように目をこする様を見て、頭上からくすりと笑い声が聞こえた。
「まだ寝ててもいいよ」
太い指がするりと毛先を絡め取る。そのまま彼の顔が近付いてきて、耳元で止まった。吐息がかかる。
「昨日は激しかったし」
息と共に吐き出された言葉が耳をくすぐり、脳に届いた瞬間、それまでの微睡みが嘘のように一気に意識が浮上した。
目を見開いて、むず痒さが残る耳を手で隠す。
心拍数が上がり、頬は火照っていた。
そんな僕の様子を見て、クリスはその整った顔を笑みの形に変える。その表情が一際色っぽくて、心臓がまた跳ねた。
何度彼と朝を迎えても、これは身体に悪い。本当に。
「また君はそういうことを言う……」
「なんで?事実だ」
わざと厳しい表情を作ってみせても、彼は全く取り合わずそんなことを言うものだから、僕もそれを否定出来なくなってしまう。
彼はきっと見抜いている。
僕がこうやって抗議の声をあげているのは羞恥心からだということも、昨日、彼の上に乗って散々乱れたことを思い出してしまうからだということも。
揺さぶられながら見下ろしていた彼の顔が、目の前にある顔と重なってしまい、はぁ、と息が漏れた。
熱を持ってしまった顔を見られたくなくて、さっきよけたばかりのシーツを鼻先まで引き上げる。
白い布の中に隠れていく僕を見て、彼はもう一度笑い、外気に晒されている額に触れた。
「やっぱり寝る?」
「ううん、起きるよ」
皮膚の上をなぞっていく指の感触が気持ちよくて、目を閉じたくなるのをなんとか堪えて返事をした。
せっかくの貴重な二人の時間をそんなことで浪費したくない。こうやって会えるのをずっと待っていたのに。
残りの時間をクリスと過ごすために、軽やかとは言えない動きで上体を起こす。
ベッドに座ると、調度目の前にクリスの顔があった。
Tシャツから伸びる首筋を彼がなぞる。顎の下から始まったそれは、少し下の出っ張りで止まった。
「声、ちょっと嗄れてるな」
「乾燥してたからかな」
「水持ってくるよ」
「うん、ありがとう」
彼の指は首に触れたまま、唇に優しいキスを一つ。
立ち上がって歩き出した彼の背を眺めながら、腕を思い切り伸ばす。ようやく意識に身体が追い付いてきた。思い切り息を吐いて、前へ垂れて視界に入り込んだ癖毛をかきあげる。
自分で撫でて、癖のついた髪が普段以上に跳ねていることに初めて気が付いた。
どうりでクリスがあんなに髪を触るはずだ。
髪があちこちに広がっている姿を想像して恥ずかしくなり、撫で付ける力が少し強くなる。
どうしてだっけ?と考えてみて、すぐに合点がいった。昨日彼と抱き合った後、そのまま寝てしまったからだ。
疲労感で意識を手放そうとしていた僕の身体の汚れた箇所は彼が拭いてくれたけれど、汗で湿った頭は乾かさずに眠ってしまった。その結果がこれだ。
シャワーを浴びていないんだと認識した途端、なんだか身体がベタついているような気がしてきた。寝ている間に少し汗をかいたのかもしれない。
戻ってきたクリスが差し出してくれたペットボトルを受け取り、お礼を言って水を口内に流し込む。冷たい感触が喉を通って胃まで落ちて、やっとしっかり目覚めた気がした。
僕が目を覚ます前に座っていたソファに戻ったクリスがコーヒーをすする音を聞きながら、軽くなったペットボトルをサイドテーブルに置いて、下半身を覆っていた残りのシーツをよけて両足を地面につける。
「シャワーを浴びてくるよ」
そう宣言してクリスの返事が聞こえたところで、両足に力を入れて立ち上がった。
が、それは上手くいかなかった。
「わっ」
足に力が入らず、情けない声をあげて床にへたり込んでしまったのだ。
思い通りに動かなかった身体に自分自身で驚いていると、クリスも驚いて近付いてきた。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。力加減が上手くいかなくて、ちょっと驚いただけ」
痛みも無かったので、気恥ずかしさを誤魔化すためにへらりと笑ってベッドを頼りに立ち上がろうとしたその時、突然クリスに腕を引っ張られて、立ち上がらせてもらう形になった。
「あ、ありが……えっ?」
クリスは腕を掴んだまま離さない。そのまま支えられて歩くことになるのかと思いきや、今度は急な浮遊感と共に視界がぶれる。
たった一言さえ言い切ることも出来ずに、僕はあっという間にクリスに横抱きにされていた。
こっちは驚き、焦っているというのに、見上げた男の顔は平然としている。
「ちょ、クリス!?」
「ん?バスルーム行くんだろ?」
「そうだけど。降ろして?」
「うーん……いや、このまま行こう」
そう言うと、彼は僕の意見なんか無視して、その体勢を楽しんでいるかのようにゆっくりと歩き出した。実際、楽しいのだろう。彼が上機嫌なのが伝わってくる。
不安定な体勢を強いられている僕は、彼の歩みと共に訪れる揺れから逃れるために彼にしがみついた。
「ね、クリス。やっぱり自分で行くよ」
「いいって。これくらい余裕」
「君はそうかもしれないけど……」
彼にウインクを投げられて、揺れにだけではなく、くらくらした。
そりゃあ君は鍛え上げてて、その太い腕も足も眩しいほどの筋肉に包まれているのだから、人ひとり持ち上げるくらいは訳ないのかもしれない。
けれど、問題なのは僕の方だ。
きちんと部屋着を着ている彼と違って、昨日力尽きるように寝てしまった僕は、大きめのゆったりとしたTシャツと下着しか身に着けていないという、情けない恰好で抱き上げられている。つまり、彼には素足を抱かれている状態だ。
こんな下着姿のいい歳の男が所謂『お姫様抱っこ』をされている姿を想像して、なんとも言えない気持ちになった。
「ねぇ、こんなことしなくても……女の子じゃないんだから」
「俺はトムにしたいからしてるだけだよ」
彼に身体を預けたまま訴えてみるが、あっさりと却下されてしまう。嬉しいやら恥ずかしいやらで何も言えずにいると「それに」とクリスが続けた。
足を抱えている手が動き、むき出しの膝を指先で撫でられる。
「女の子みたいっていうのも、間違ってはいないし?」
それまでとは明らかに違うトーンで囁かれ、僕の身体を支える手はそのままに、指先だけがいやらしく脇腹をなぞる。その言葉が何を指しているのかを察した瞬間、身体の奥深いところがむず痒くなり、顔が真っ赤に染まるのが自分でもわかった。
ベッドに置いていこうと思っていた記憶を引きずり出されて、彼が触れている部分からじわじわと熱を帯びていく。それを連想してしまっている表情を隠したくて目の前にあったシャツに顔を埋めてから、失敗したと思った。彼の匂いを強く感じてしまい、余計に体温が上がるばかりだ。
彼の意図通りに反応してしまっていることに気付かれたくなくて、とにかく早く到着してくれることを願った。
バスルームまでは遠くないはずなのに到着するまでの時間がひどく長く感じてしまい、目的の場所に辿り着き、ようやく解放されて自分の足で床を踏みしめたとき、ホッと息を吐いた。
ほんの少し足が震えたのを無視して、なんでもない風を装って体勢を整える。
自分がどんな顔をしているのか想像出来てしまって、まともに彼の顔が見られない。
そうやって僕が視線を外している間に、彼はバスルームに入りお湯を出してくれていた。
シャワーの水が激しくタイルを叩いている。
水音を聞きながらTシャツを脱ぎ捨てたところで、クリスが浴室から現れた。
このまま彼は僕の目の前を通り過ぎて出ていくのだろうと思い、また身体が近付くことを想像して身構えていたが、それは現実にはならなかった。
彼がリビングへは向かわずに、その場で服を脱ぎだしたからだ。
思わず硬直してその動作を眺めていると、彼は脱いだシャツを手放し、真っ直ぐに向かってくる。
「どうして君まで脱ぐの……」
そんなこと、本当はわかっているくせに。彼を止める言葉を知らない僕は、そんな当たり前の質問を弱弱しく突きつけることしか出来ない。
脳裏に焼き付いた映像のせいで、僕の視線は空中をさ迷った。
僕が何を考えているかなんてお見通しの顔で、彼は僕を見下ろしている。
「手伝おうと思って」
「一人で出来るよ」
「でも腰立たなかっただろ?責任取らないと」
あえて言葉にしなかった事実をあっさりと告げて、昨夜のことを匂わせてくる彼の顔色に変化は見られない。翻弄されているのは僕ばかりだ。
喉が渇く。ああ、まずい。視界まで揺らいできた。
「それに、ほら……」
つ、と指先で太腿を撫でられる。皮膚の表面だけをなぞるように、指先がゆっくり這い上がってくる。そして下着に触れるギリギリの位置で止まり、数センチの間を往復した。
彼の動き一つ一つに反応してしまい、背中を何かが這い上がる感覚がやってくる。
それでも最後の抵抗と言わんばかりに、僕は零れ落ちそうになった息を飲み込んだ。
「足も、震えてる」
太腿を撫でるのとは逆の手を腰に添えながら、彼はわざと区切って言葉を発していた。
布を失った背中を滑り下りて、残った一枚が辛うじて隠しているその場所を手のひらが這っていく。彼の全てを使ってじらされている。
数時間前まで彼を咥え込んでいた場所を布越しに撫でられ、ぶるりと身体が震えた。
「……ぁっ」
堪えたにも関わらず漏れてしまった声は完全に行為の最中のそれで、僕は少しでも出さないように自分の口元を手で覆い隠す。
だが逆効果だったのか、それを見た彼の瞳にギラリと光が宿った気がした。
最後の仕上げとばかりに、彼の口が耳元に寄せられる。
「ね、だから、俺にやらせて?」
彼の低い声が全身を駆け抜ける。
その熱い息が耳にかかっていると感じた瞬間、もう限界だった。必死に堪えようとしていた波は一気に溢れ出し、僕は彼の首に縋り付いて、眼前に晒されているうなじに噛みついた。
*
『手伝う』という言葉通り、クリスは僕の全身を丁寧に洗い上げた。
最初にシャンプーで頭皮を撫で上げ、それをシャワーで流すとキスを与えながら僕のくるくるとうねる髪にトリートメントを塗り込んでいく。
ぬめりを帯びた指が時折耳やうなじを掠めて、その度に僕の身体は震えた。僕の口から堪えきれない吐息が漏れると、クリスはすぐにそれを吸い上げに来る。それが余りにも気持ちよくて、うっとりと目を閉じた。
そうしている間に髪を覆っていたコーティングも流され、濁った水がタイルの上を流れていく。
顔を濡らした水分を手で拭って目を開けると、真っ先に目に入ったのは、水に濡れた彼の腕。その一見武骨な腕が、繊細な動きでボディソープを泡立てていく。
直接身体に当たらないように逸らされたシャワーからは絶えずお湯が流れ出て、もうもうと湯気が辺りを覆っていて、そのぼやけた視界が彼の美しい筋肉を際立たせているように見えた。
見慣れているはずの彼の裸体にどうしようもなく興奮して、早く触ってほしくてたまらなかった。
僕はもう随分前からまともに立っていられず、タイルに直接座り込んでいる。
じっと手の動きを見つめていると、彼はようやくこちらに手を伸ばした。そして僕の視線を確認して、不敵な笑みを浮かべる。
それすら様になっているのだから恐ろしい。
少しの間離れていたクリスが再び近付いてくる。
そのまま泡を塗り付けられるのかと思いきや、クリスは鎖骨の上にキスを落とした。そのまま唇は首、肩と移動していく。
そうして唇が触れた後をなぞるように、鎖骨、首、肩と順番に泡で肌を撫でていく。儀式めいたそれに反射的に身体が緊張した。
「力抜いてて」
彼は腕に唇を寄せたままそう呟いて、軽く歯を立てる。そして、それまでと同じようにその上を泡で覆っていった。
続けて手に辿り着き、指先を口に含まれる。唾液に濡れる口内でたっぷりと愛撫され、指に纏わりつく舌の動きは下半身を連想させて、僕の体温を上げる。手がかたかたと震えた。
逆の手も同じように触れられて両腕が泡に包まれると、一度キスを交わしてから今度は胸に近づいていく。
なだらかな筋肉に口付けて、ささやかな突起に舌を伸ばす。彼の口に含まれると、そこは簡単に充血した。僕の口はもう開きっぱなしで、正しい呼吸はとうに忘れてしまった。
彼はそこにも泡を塗り付けて、段々と下に向かっていく。腹部を通り、足の付け根を唇で食み、ふくらはぎを舐め上げ、足の甲に口付けた。唇で触れた場所を隈なく泡にまみれた手で撫でながら、時折引っ掻くように爪を立てていく。
熱を持った中心は避けながら。
決定的な刺激が与えられないまま、限界を知らないかのように体温は上がり続けている。
もう全身に力が入らない。浴槽に背を預けてされるがままになっていると、足先まで洗い終えたクリスが僕の身体を支えて上体をを起こし、背中を撫でた。
もちろんその手には泡が乗っているので正確には“洗っている”のだけど、僕にとっては愛撫以外の何物でもない。
正面から抱き締められながら両手が背中を這いまわる。肩甲骨を撫で、背骨を一つずつ確認するように指を添えられると、僕の意思とは関係なく体が震えた。
「っは……クリス……」
その指先が腰骨に触れたところで、堪えきれずに彼の肩に触れた。
顔を上げたクリスと目が合うと、彼の表情はベッドの中と何一つ変わらないものになっていた。一際心臓が高鳴ったかと思うと、噛み付くようなキスを与えられる。
水音が口内で響き、捻じ込まれた舌が歯の裏を舐め、負けじと彼の舌に噛みついた。
二人揃って荒い呼吸を繰り返し、相手の唇を貪っている。シャワーの水音に混ざって呼吸音が浴室に響く。
唇は合わせたまま、浴槽へと僕の背中は戻っていった。
胴体から手を離したクリスは太腿に手をかけて少し開かせ、一番奥の窄まりをそっと撫でる。びくり、と身体が大きく跳ねた。
そこでようやく唇が離れる。絡み合った二人分の唾液が、腹の上に垂れた。
意識が急速に後孔に集中する。窪みを往復する指先に反応して、そこが僅かに収縮するのが自分でもわかる。クリスの視線は間違いなくそこに向けられていて、羞恥心で涙が浮かんだ。
彼と触れ合うのは好きだ。気持ちいい。長い時間をかけた前戯で身体も意識もどろどろに溶かされている。けれど。
最後に残された一かけらの理性が警告する。
前夜の名残でちゃんと立てないような状態なのに、このまましてしまうのは、さすがにまずい。
「クリスっ、クリス……待って……」
散々してもらって申し訳ないと思いながら、なんとか彼を止めようと僕の太腿を抱える腕に触れた。その時に見た彼の瞳には深い欲望が宿っていて、それに気付いた僕は制止するのを躊躇ってしまった。
僕の困惑を見て取ったクリスは、優しく微笑んで内腿を撫でる。
「大丈夫。挿れないよ。無理はさせない」
ちゅっと可愛らしい音を立てて口付けられた。そして、そのままの距離でその青い瞳に射抜かれる。
「だから、ここで気持ちよくなるトムが見たい」
ここ、と言って、ひくつく窪みをつつかれた。身体は勝手にその先を望んで、彼の指を迎え入れようとしている。
だが、無理にこじ開けられることはない。彼は静かに僕の答えを待っているだけだ。
「俺に、見せて」
懇願するような響きを含んだ声で強請られ、じっと見つめられると、僕は彼のこと以外何も考えられなくなってしまう。
本当に敵わない。僕の方こそ、君に触れたいと思わない日はないのに。
YESの代わりにキスを贈ると、僕の意図を理解したクリスの指先が、石鹸の滑りを借りてゆっくりと身体の中に侵入してきた。
昨夜はもっと太いものを咥えていたそこは、クリスの指を簡単に飲み込んでいく。
探るように慎重に入ってきたそれは、慣れた動きですぐさま僕の敏感なところを見つけてしまった。腹側の膨らみを撫でられると、処理しきれない快感が襲ってきて腰が跳ねる。
クリスは慣れた手つきで繰り返し何度もそこを刺激してきた。
「ぁ、あっ……ぅ、んっ、んんーー!」
「声、聞かせて?」
「はぁ、あ、あっ……」
普段使わないような甲高い声が漏れる。はしたなく勃ち上がって透明な液を零す性器を見て、彼はうっそりと目を細めた。
後ろへの刺激だけで射精出来るようになってから、彼はこうやって僕を絶頂へと導くことを好んだ。
というのも、初めてそれを体験するまでとても時間がかかり、それまでは前を触らないと達することは出来なかったからだろう。
その更に前は、挿入で快感は得られず、あるのは痛みと異物感ばかりだった。
男を受け入れることに不慣れな身体を根気よく慣らし続け、簡単に快感を拾い上げるところまで、彼がこの身体を変えたのだ。
「あ、はっ……きもちい……っ」
無意識に漏れた声に、彼がくすりと笑った。だがそれを気にしている余裕はない。腰がゆらゆらと揺れて、快感のその先を強請っている。
「あ、あ、っん……はぁっ」
「いいよ、イって」
そう言った彼が内部のしこりをぐっと押し込むと、身体中に力が入り、ぶるぶると震える。彼の指を締め付けながら、強烈な感覚と共に吐精した。
白く濁った液体が腹部を汚す。全て吐き出し終わると、全身の力が抜けるのを感じた。
未だ彼を放そうとしない内部から指を引き抜き、クリスは僕の顔中にキスの雨を降らせる。そしてすぐに立ち上がってシャワーを手に取り、手早く僕の身体からぬめりを水で流していく。
温かいお湯に包まれながらも、達したばかりの僕は、身体を洗い流すクリスの手に反応してしまう。泡を流していくその手が皮膚を撫でる度に、上がってしまう呼吸に耐えた。
足りない。
そればかりが頭をよぎってしまう。
確かに気持ちよかったけれど、そうじゃない。彼の熱を感じられずに達しても意味がない。指なんかじゃ届かない奥まで抉って、彼の形をこの身体に叩き込んでほしい。
欲しい。この、お腹の奥の隙間に、彼が――。
それで頭がいっぱいになってしまい、僕は我慢できずに手を伸ばした。
膝をついて僕の身体を流している彼の足の間、張り詰めて上を向いているそれにそっと触れると、ぴくりと彼の腹筋が震える。
「トム?」
僕のささやかな悪戯に苦笑を浮かべる彼を無視して、赤黒いそれの先端を指先でつぅ、となぞった。
彼の腰が微かに揺れる。その反応を見た僕の奥深い部分が、それを欲してぎゅうっと締まる。
「欲しい……」
熱い吐息と共に仕舞っておけなくなった願望を吐き出した。
彼の口元から笑みが消えて、僕の表情をつぶさに観察している。その奥に、隠そうとしている淀みが見えた。
彼が抑え込もうとしているそれを引きずり出したくて、髭が生えた顎を支えて口付ける。
繰り返されるキスを受け止めるクリスの顔には困惑がありありと浮かんでいた。すり寄る僕の身体を支える腕からも戸惑いが感じられる。
「トム、止められなくなるから……」
「うん」
「立てなくなるぞ」
「いい、いいから……!」
キスの合間に交わされる吐息混じりの会話すらもどかしい。
早く彼の熱を与えてほしくて、彼の手首を掴んで自分の下腹部を触らせた。
「ここに、君のが欲しいんだ。お願いだから……っ」
臍の下、いつも彼を受け入れている場所が、彼の手のひらの下でどうしようもなく疼く。
満たされない欲望に、勝手に涙が膜を張っていく。
潤んでしまう瞳も、荒くなる呼吸も、内臓でさえ、自分でコントロール出来るものは何一つない。
自然と彼の腕を掴む力が強くなってしまった。
クリスが唾液を飲み込む。喉仏が上下したのが見えた途端、小さな唸り声を上げて僕の開きっぱなしになった唇に食らいついた。
「ベッド、行こう」
僕の願いを叶えることを宣言してしまうと、そこからは早かった。
残りの泡を流しきってお湯を止め、僕を巨大なバスタオルで包んで、子供を抱き上げるようにしてベッドまで運んだ。その間も濃厚なキスは忘れずに。
バスルームに向かうときはあんなに嫌だったのに、今度は全く気にならなかった。
むしろ僕を支えてくれる腕も胸も愛おしくて、自らしがみつき、足を絡ませる。
つけっぱなしになったテレビやソファを通り過ぎて目的の場所に辿り着くと、シーツが濡れるのも構わずにタオルごとベッドに倒れこんだ。
お互いの口内を激しく貪る、舌が口の中を行ったり来たりして、飲み込めなかった唾液が頬を伝う。
獣のように息を吐き、胸を上下させていると、クリスはサイドテーブルの引き出しを開けてローションを取り出した。
「そんなのいいからっ、はやく、」
「ダメ。俺が傷つけたくない」
そう言ったクリスは大量のローションを手に出して、期待を隠しきれない後ろの穴に塗り込むと、一気に三本の指を挿し込んだ。そこは痛みもなく簡単に受け入れ、求めていた刺激に思わず身体がのけ反る。
そこからは慎重に、ローションと蠢く肉を馴染ませて、拡げていく。
確実に柔らかくなっていく感覚と共に、もどかしさも強くなる。もっと、もっと奥を満たしてほしいのに。
そう思いながらも身体は正直で、さっき達したはずの陰茎はまたもや勃ち上がっていた。
「クリ、クリスっ、あ……っも、いい……ぁッ」
欲しいものはすぐそこにあるのに手に入らず、欲望だけが先走って、もうどうにかなってしまいそうだった。
「うん」とだけ呟いたクリスはどろどろになった指を引き抜き、育ち切った彼自身にスキンをつける。続けて乾いた唇を舐め、僕の両足を持ち上げた。
見上げた先の光景が僕の鼓動を激しくさせる。
硬い先端が窪みに押し付けられ、期待に足が震えた。
「挿れるぞ」
「ぅ、ん……はやくっあ、あー……っ!」
届けようとした言葉は快感にのまれて途切れて消えた。
にちゅ、と音を立ててゆっくりと挿入されていく陰茎を、身体は悦んで迎え入れる。足を大きく開かされて、浮いた腰を溢れ出たローションが伝っていく感覚すら快感となって僕を襲った。待ちに待った感覚に、耐えられず目を閉じる。
臀部にクリスの腰骨がぴったりとくっつき、そこで止まった。
指では埋められなかった奥深くを熱く太いものが満たしている。それだけで既に気持ちよくて、爪先にぎゅっと力が入った。
「トム」
呼び掛けられて目を開けると、優しいキスが降ってくる。
上半身が近付いたせいで体勢が変わり、より深くまで彼の陰茎が届いて震えた。訳がわからないくらい、気持ちいい。
がっしりとした首に腕を回し、一度離れた唇に吸い付く。
「奥、ついて……」
唇を触れ合わせたままそう囁くと、異物が腹の中をゆるゆると動き出した。
舌を絡ませていると、上も下も快感を拾って、頭の奥がぐずぐずに蕩け出す。
クリスはそれを見計らったように口を解放すると、湿った唇が頬から耳へと移動していく。耳たぶを軽く噛み、舐められると、そこからゾクゾクと快楽の波が皮膚の表面を走っていく。水音が頭の中に直接響き、遠くからぐちゃぐちゃと粘着質な音が聞こえた。
肌を這う舌は熱くざらざらとしていて、まるで味見されているみたいだ。僕は彼にしがみつくことしか出来ず、はしたない喘ぎ声を上げる。
それに合わせて段々と抽挿も激しくなり、さっきまでいじられていた内部のしこりを擦られて身体中ががくがくと痙攣を起こした。
「アっ、あ、はぁ……っ」
「これ気持ちいい?」
「いい、あぁっ……あ、ぅあっ……」
身体を起こして足を抱えなおしたクリスが、意識的にそこを刺激していく。
クリスが腰を動かすたびに秘所から聞こえてくる卑猥な音に、肌がぶつかる音も追加される。
すがるものを失くした僕は、シーツをきつく握りしめた。
全身を快感が駆け巡る。腰から下はもう別の生き物みたいに、自分の意思とは関係なく快楽を貪ろうと揺れている。
なのに、僕はまだ足りないと思っている。
単純な快楽とは別に、前立腺よりももっと奥の、他の誰も触れない場所を抉ってほしくて堪らない。一番深いところでクリスを感じたい。
「クリス、もっと……!あッ、もっと、おく、まで……っうぁ」
「っトム……!」
「んんんっ、あぁ……っ」
息も絶え絶えの状態でなんとか訴えると、腹の一番奥まで性器をぐっと押し込まれた。
突かれた箇所からビリビリと電流が走る。
僕は欲しかったものを手に入れて、全身が満たされていくのを感じていた。
自分がこんなに欲深いなんて知らなかった。こんなに果てのない欲望があることも。
腰を揺らすクリスの額から流れた汗が腹部を濡らす。
それすらも刺激になり、何度も中を穿つ陰茎の力強さと相まって、どんどん高みに昇っていく。
そして先程と同じように奥を押し込まれた時、電流が駆け巡るのと同時に身体が勝手にぶるぶると震えた。
「あ……っ、あ……?」
何かわからないものが腹の中を渦巻いて出口を求めている。
自分でも理解できない感覚にほとんど声も出せず、口がはくはくと虚しく動く。
「あ、あぁ、や……!ッ、あ……!」
「イく?いいよ、イってっ……」
激しく腰を動かし出すと、クリスは的確に同じ場所を抉ってくる。
その度に背中を何かが這い上がる。今までの快感とは違う感覚に、僕は震えていた。
だがクリスはそれに気付かず、迷いなく僕を絶頂へと導く。
身体が勝手に浮いて、目の前がチカチカと光って何も考えられない。それを伝えることも出来ず、襲い来る未知の感覚を受け入れるしかなかった。
「だめ、あっ……ぁ、アっ、なんか……っくる、あ!あぁーー……!」
最後に一際強く突かれて、僕は本日二度目の絶頂を迎えた。
目を見開き、叫んでいるのに近いような声を上げて達する。
頭が真っ白になって思考が働かない。あまりの快楽に目からは涙がこぼれた。
全身が痙攣し、跳ねる自分の足先が見える。それはすぐには治まってくれなかった。
震えが止まらなくなった唇にクリスがキスを落とす。
そしてゆっくりと起き上がり、ぴたりと動きを止めた。
「トム……」
それは呼び掛けではなく独り言だったのだと思う。
彼の表情に違和感を覚えてその視線の先を辿っていくと、自分の腹部に辿り着いた。
そしてそれを認識した瞬間、目を見開いた。
そこには硬く反り返ったままの僕の性器があった。射精した形跡はない。確かに達したと思ったのに。
茫然と見ていると、クリスが張り詰めた陰茎を撫でた。果てたばかりの身体は刺激を敏感に拾ってしまい、まだ腹の中に納まったままのクリスをきつく締めあげる。
それに掠れた息を吐き、雫を零し続ける僕の中心を恍惚とした表情で眺めている。
「すごいな……出さずにイけるなんて」
汗と先走りの液で濡れた腹筋を撫でられて、いとも簡単に僕の身体はまた高みを目指し始めてしまった。
呼吸が荒くなり、内部が勝手に収縮して彼に続きを強請っている。
「ごめん、止まれそうにない」
上手く回らない頭がその言葉を理解した時にはもう口内を蹂躙された後だった。
屹立したそれで奥を穿たれ、腸壁が彼を逃がさないように纏わりつく。訳がわからないほど腰が甘く痺れて――そこから先は、よく覚えていない。
*
「お腹すいた……」
ぽつりと彼の腕の中で呟いた。
思い出してみると、今日は何も食べていない。
あの後、訳がわからなくなった状態で行為は続き、散々喘いで疲れ果てた頃にようやく二人揃って射精した。
クリスはぐったりとベッドに沈んだ僕の身体の至る所にキスをして、濡らしたタオルで全身を拭いてくれたのだが、それが終わる頃には夕方と言っていい時刻になっていた。
彼の肩越しに見える街並みは夕焼けで赤く染まっている。
「なんていうか……ごめん」
ぎゅっと力強く僕を抱きしめて、彼は情けない声を上げた。まるで粗相した犬のようだ。
その頬がほんのりと色を変えていることに気付いて、思わず笑い声がこぼれてしまった。
「僕がいいって言ったんだよ?」
「それでも。全然加減できなかった」
はぁ、と頭上からため息が聞こえる。
どうやら行為が終わった後の、僕のあまりの動けなさを見て反省しているらしい。
せっかく彼に抱きしめられているのに、そんな顔ばかりではつまらなくて、近くにあった鎖骨にがぶりと噛み付いた。
「いてっ……トム?」
「お腹、すかない?」
悪戯を咎めるような視線をかわし、噛んだ後をぺろりと舐める。
首筋を噛んで遊んでいると、くすぐったそうに笑っていたクリスが僕の額にキスをした。
ふと起きた時の情景を思い出す。ああ、また後でシャワーを浴びさせてもらわないと。
僕の髪を撫で、額にも頬にもキスを落としていくクリスは穏やかな微笑みをたたえている。
つられて僕も微笑んだ。
「何か美味いものでも食べよう」
「うん。今ならなんでも食べられる気がするよ」
「ああ、でもデリバリーだな」
「え?」
「だってトム歩けないだろ?」
さっきまでため息を吐いていたなんて嘘みたいに、彼は鮮やかな笑顔を浮かべて見せる。おまけにウインクを一つ。
そんな彼がおかしくて、僕は高らかに笑った。
たくましい腕にすり寄ると彼の匂いに包まれる。
目の前には愛しい顔。そしてその人の瞳は、宝物を見ているかのように自分に向けられている。
一緒に出掛けて、散歩して、コーヒーが美味しいカフェに入って。
どれも選べないくらい好きだけれど、本当は、ただこうして君と一緒にいられることが幸せなんだ。
ずっと君の顔を眺めていられたら、それが僕の特別な休日。