ミッドガルドに向かう宇宙船で、突然生理になっちゃうロキとわたわたする兄上の話。兄と弟は宇宙船で平和です。
※ロキが両性具有
※生理(血液)の描写があります
※女性との関係をほのめかす表現があります
身体が重くて、目を開けるのが億劫だ。
昨日だってきちんと床に入って睡眠時間を確保したはずなのに、どうにも瞼が重い。
起きなければと思うのに、身体はそれを拒否している。
結局起き上がれずにシーツの中で時間だけが過ぎていく。
ああ、何か忘れている気がする。何だったか。
靄がかかる思考の向こうで、どかどかと足音が近づいてくるのがわかった。
「ロキ!」
そうだ。これだ。
「ああ……兄上」
「時間になっても来ないから心配したぞ。なんだ、寝坊か?」
うっすらと目を開けると、ベッドの横に立った兄の足が視界に入る。
約束の時間は昼だったはず。随分と長い時間眠っていたらしい。
「ちょっと起きられなかっただけだ。すぐ準備するよ」
「大丈夫か?体調が悪いなら無理しなくてもいいぞ」
「いや、問題ない」
重たい身体を無理矢理起こし、もぞもぞとシーツを捲ったところで思考が止まった。と同時に動きも止まる。
急に動きを止めた弟にソーも首を傾げたが、私はそれどころではなかった。
視界の中、シーツに広がる一面の赤。
急激に表れた色に頭の中をいくつもの言葉がぐるぐると回った。
赤。血液。怪我か?いや、外傷はない。かなりの出血量だ、気が付かないはずがない。出血?本当に出血か?どこから?病?いやだとしても――。
「どうしたロキ、そこに何が――」
「待て兄上っ」
答えにたどり着けないまま固まっていると、そんな事態になっているとは想定していなかったであろうソーがいとも簡単にシーツを剥がしてしまった。
咄嗟に止めようとしたが間に合わず、ソーの眼前に赤く染まったシーツが広がる。
固まった。二人揃って固まった。
一瞬の間をおいてソーの顔色がみるみるうちに青ざめていく。
「ち、血か⁉怪我でもしたのか⁉いや病か⁉どこからだ⁉」
「うるさい!私だってわからないんだ!!」
あからさまにパニック状態になってうろたえるソーを怒鳴りつけて黙らせる。
全て私が一度考えたことだ。なんのヒントにもならない。
だがソーがパニックになってくれたおかげで、いくらか冷静にはなれた。
出血だとして、原因を探らなければ。
このまま座っていても何もわかるまいと、一先ず立ち上がって出血個所を探すことにしてみる。
これだけの出血なのだ。すぐにわかるだろうと思ったのだが、前面にはそういった個所はみられない。ならば背面か。
背後を確認しようとしていると、自分で見るよりも早くソーが下の方を見て息を詰まらせた。
「お前、それ……」
ソーの視線の先を辿ってたどり着いた場所を見て、自分でも思わず息を止めた。
臀部を中心に夜着が真っ赤に染まっていたのだ。
だが布は傷ついていないし、怪我の痛みも感じない。
ならば内部からの出血だろうと、そこまで考えて、一つの可能性にたどり着いた。
嫌な予感にじわりと変な汗が出そうになる。
「大丈夫なのか?痛みは?」
先程よりは冷静になったらしい兄の声を無視して歩き出す。が、肩を押さえて止められてしまった。
「おい」
「バスルームに行くだけだ」
肩に乗せられた手を払いのけて、足早にバスルームへと滑り込む。
ああ、本当に嫌な予感がする。
汚れた服と下着を脱ぎ捨てて、冷えたタイルに足をつける。
ぶるりと震えた体を無視して深呼吸を一つ。
意を決して、そこに手を伸ばした。ぬるり、と指先を湿らせる感覚に思わず眉を寄せる。
手のひらを眼前まで持ち上げると、指先は赤い液体を纏っていた。
予感が当たってしまった。
出血しているのは間違いなくそこだ。足の間。男性器の、更に奥。本来ならば無いはずの場所。
はぁ、と音になってしまうくらい深くため息が漏れる。
こんな日が来るとは思っていなかった。
いや、それよりもまずは今どうするかだろう。バスルームを出てからの手順を考える。まずは物を揃えなければならない。汚れてしまったベッドもなんとかしなければ。
そして、ああそうだ、何よりも。
「兄上に言わねばならないのか……」
憂鬱だ。再びため息を吐いたところで、どろりと体内を何かが零れ落ちる感覚があった。
恐る恐る下を向くと、流れ出た血液がタイルを赤く染めたのが視界に入る。
不快感を湯で無理矢理流し、新しい夜着と下着を掴んでバスルームを後にした。
寝室に戻ると、ソーが新しいシーツを持ってきたところのようだった。
うろうろと歩き回っていたソーがこちらに気付き駆け寄ってくる。
「どうだった?大丈夫なのか」
「ああ、確認したが問題ない」
「問題ないって……そんな訳ないだろう」
なんとか言わずに済まないかと最後の悪あがきをしてみたが、逆効果だったようだ。兄の疑惑はますます強くなってしまった。
兄の片目が心配だと訴えている。
「ロキ、正直に言ってくれ」
両肩をぐっと掴まれ、正面から見据えられてなんとも居心地が悪い。
本人にそんなつもりはないのだろうが、逃げられないようにホールドされている気分だ。
こちらが言葉を発するのをじっと待つ兄に、何度目かのため息を吐いた。
「騒ぐなよ」
「ん?」
「驚いても声を上げるな。いいな?」
「よくわからないが、わかった」
曖昧な返事を返してきた兄を睨みつけ、呼吸を整えて覚悟を決める。
「……月のものがきた」
告げた声は思っていたよりも小さくなってしまった。
それでも聞こえない距離ではなかったと思うのだが、ソーは動かない。
気まずい沈黙が流れる。
「……すまない、今なんて言った?」
「だから、月のものがきたと言っている」
再び沈黙。
なぜこんなことを二度も言わなければならないのか。もはや自分の中を渦巻く感情が苛立ちなのか、羞恥心なのかもわからない。
ソーは黙った後、しばらく唸り、困り果てた顔でこちらの表情を窺い、口を開いた。
「すまない、なんだって?」
「だから!生理!経血だ!何度も言わせるな!!」
ブチっと頭のどこかで音がして、大声をあげるなと言ったのに、自分が怒鳴ってしまった。
ああもう、こんな風に秘密を明かすことになるなんて。
怒鳴られた目の前の男は、頭上にクエスチョンマークをいくつも浮かべている。
苛立ちと同時に腹痛までしてきた。散々だ。
こちらが色々なことに耐えている間に、ソーは頭を抱えていた。
疑問を浮かべた表情そのままに、全身に不躾な視線が送られる。
「いや、ちょっと待ってくれ。お前、男だろう」
「そうだ」
「だが月のものと言った」
「そうだ」
「男には、その、無いだろう」
「そうだな。だが私はなり得るんだ」
「いや待ってくれ、どういうことだかさっぱり――」
「いいから、細かい話は後にさせてくれ!とにかく怪我の心配はない。まずはやらなければならないことがあるんだ」
重ねられる疑問を遮り一気に捲し立てると、くらりと脳が揺れた。
あれだけの出血だ。体が不調を起こすのはおかしいことではないが、慣れない事態に後手後手に回ってしまっている。
ふらついた身体をソーの腕が支える。
抱きとめてくれた腕に反射的にしがみつくと、急に横抱きにされて身体が浮いた。
驚いてしがみついたままでいると、ソファーへと降ろされる。
「兄上、急に何をする!」
「辛いんだろう。大人しくしてろ」
さっきとは打って変わって穏やかな口調で告げられ、反論しようにもふらついてしまった後では説得力がなく、返す言葉がない。
仕方がないので大人しく座っていると、水が入ったグラスが差し出される。
そういえば喉が渇いていると気づき、グラスを受け取り水を流し込んだ。
それを確認してソーは部屋中を見回し、こちらへと向き直る。
「あとは何が必要だ?何か食べるか?」
とりあえず世話をしてくれるつもりらしい。
一度座ってしまうと動くのが億劫で、自分でやろうと思っていたことをソーに頼むことにした。
嫌がるだろうが、もう歩き回りたくない。
「兄上に持ってきて欲しいものがある」
「なんだ?」
「生理用品と鎮痛剤だ」
そう告げた途端、それまで穏やかに笑みを浮かべていたソーの顔が固まった。
「えーと、それは」
「倉庫か医務室にあるだろう。わからなければその辺の女に聞けばいい」
困惑の表情を浮かべたソーは、じわじわと頬を赤く染める。
まさかこんなことで羞恥の滲んだ顔を見られるとは。
少しばかり愉快な気持ちになり、兄の様子をまじまじと観察する。
「いや、俺が取りに行くのはまずくないか?」
男だし、誰のものだという話にもなるし、ともごもごと言葉を続けていくが、動揺していることは丸わかりだ。視線が定まっていない。
だが確かに王がそんなものを探し回っていたと噂されると困る。
それなら、と手を翳して一振りする。
「これなら問題ないだろう?」
「ロキぃ……」
そこにはがっくりと肩を落とした女が立っていた。
魔術で外見を変化させられたソーは、うらめしそうにこちらを見ている。
そこで最後の一押し。
「兄上しか頼れないんだ。頼むよ」
じっと瞳を見つめてそう言うと、ソーはため息をついてがしがしと頭を掻いた。
「仕方ない、緊急事態だからな。じっとしてろよ」
それだけ言うと、こちらの返事も待たずに部屋を出て行った。
小さくなった兄の背中を見送り、痛む腹を抱えてソファーに横たわる。
兄が戻ってきた後のことを考えると、頭痛までしてくるような気がして目を閉じた。
ソーのおつかいは滞りなく終わり、汚れたシーツと服を片付けたところでようやく人心地がついた。
ついでにと持ってきてくれた軽食を頬張り、並んでベッドに腰かけている。
「それで?説明してくれないか」
男の姿に戻ったソーは待ちきれないとばかりに口を開く。向き直ったことでベッドが音を立てて沈み、少しだけバランスを崩した。
体勢を整え、口のなかに入っているものを咀嚼しながら、どうするべきか考える。
「そんなに知りたいか?」
「当たり前だ」
だからこれだけ待ってる。と真顔で言う兄に、もう誤魔化すことは出来ないのだなと覚悟を決める。
どう話したらいいのか考えながら、噛み砕いたものを飲み込み、水で流した。
すぐには言えずにいると、先に口を開いたのは兄だった。
「今回の原因はなんだ?魔術か?」
「は?」
「薬か?」
「いや」
「何を仕掛けようとしていた」
「何もしていない!」
あからさまにこちらに原因があると決めつけられたことに、治まっていた苛立ちが戻ってくる。
反論の言葉も信じていないらしく、疑わし気に投げられる視線は変わらない。
心外だ。確かに悪戯は数えきれないほどしてきたが、なぜ自分にこんな術をかけねばならないのか。
むっとした表情を隠さず見返していると、再び兄の方が先に口を開く。
「何もしていないことはないだろう」
「だから、していないと言っている」
「だったらなぜ、その、お前がアレになるんだ」
「私だってなるなんて思ってなかった」
「それに、お前は男だろう。そもそも無いはずだ、女性の――」
「私はある」
「……は?」
「私は生来、女性器がある」
さすがに顔を見ながら言うことは出来ず、真っ直ぐ正面を見据えて言葉をひねり出した。
隣でソーが固まった気配がする。
ちらりと隣の様子を盗み見ると、まさに真っ白というのに相応しいくらい硬直していた。
「だから言いたくなかったんだ」
舌打ちと共に言葉を吐き出すと、ソーは慌ててあ、とかいや、とか、なんとか言葉にしようとして失敗したようだ。大きく息を吐き、ようやく持ち直したのか、姿勢を正してなんとか衝撃と疑問に向き合おうとしている。
「だが子供の頃一緒に風呂に入ったときは、ついてただろう、その、ペニスも」
「ああ。どちらもあるんだ」
再び、フリーズ。
固まる兄を見るのは本日何度目だったか。
自分の身体の秘密を明かすという一大事に緊張していたはずなのに、自分よりも激しく動揺する兄を見ていると案外と冷静に話せているから不思議だ。
必死に頭の中を整理しようと、うんうん唸っているソーに言葉を続けて浴びせていく。
「私は生まれつき男性器も女性器も持っている。ヨトゥンは両性だというから、そのせいだろう。誰にも言ってはいけないと言われたから秘密にしていたが、幼い私にそう言ったのは母上だ。おそらく父上も知っていたんだろう」
「……家族で知らなかったのは俺だけか」
「……まあ、そうなるな」
自分だけが知らなかったということに些かショックを受けたらしい。
視線を落とし、ぽつりとソーは呟いた。
そんな兄の姿を横目に、幼いころの記憶が甦る。
ようやく物心ついた頃の話だ。ひっそりと母の自室に呼び出されたことがある。
なにか怒られるようなことをしただろうかと落ち込む私に、大事な話があると告げた母は、穏やかな口調で身体の秘密を明かした。
それは他の者には無いのだと。
大多数の者はどちらかしかなく、私の身体は少しばかり特殊な形状をしているのだと。
そして、自分にもどちらの臓器がどこまで、どのように働くものなのかは予想がつかないのだと。
まだ二次性徴のことも知らなかった私には全ては理解できなかったが、自分が他の者とは違うのだということだけはわかった。
自分が異常であるという事実に泣き出してしまった私を、優しく抱きしめ、母は話を続けた。
『これからどうなるかわからないからこそ、きちんと話をしていきましょう』
『これは貴方の大事なことだから、簡単に明かしてはいけませんよ』
『大丈夫。貴方が私の息子であることには変わりないわ』
そう言ってこぼれた涙を拭い、優しく手を握ってくれた。
随分と昔のことで鮮明とは言えない記憶だが、その手の温かさだけははっきりと覚えている。
大事な秘密だと母と約束したのに、こんな形で明かすことになってしまった。
そこはかとない罪悪感。
そう、こんな予定ではなかったのだ。こんなことが起きなければ、秘密のままでいるつもりだったのに。
その秘密を明かされた本人は、納得と疑問の狭間を行ったり来たりして、何度もこちらを盗み見ている。
内容が内容なだけに悩んでいるのだろうが、はっきり言って不快だ。
「言いたいことがあるならさっさと言ってくれ」
そう告げてもなお唸る。
「ソー」
しっかりと顔を覗き込み向き合ってやると、観念したのかソーは深く息を吸い込んだ。
「女性器があると言ったが、お前、閨に女を招いていただろう」
「ああ、私は男性としては正常に成長していたからな」
「……男性として?」
「そう。女性器の方が未熟らしかったからな。精通はあったが、月のものは来たことがなかった。だから女と寝ることは出来た」
「……そういうものか」
「そういうものだ。それに、浮いた話が一度もないのも問題だろう」
「それはまあ、そうか」
「そういうことだから、女性器はもう機能しないものだと思っていたんだ」
だから今回のことは不可抗力だ。
そう付け加えて、上半身を倒し、ベッドへと沈めた。
はあ、と一つ息を吐く。なんだかとても疲れてしまった。あんなに寝たというのに、もう眠ってしまいたい。
ソーはというと、とりあえず納得はしたようで、ふむ、と声を漏らし髭を撫でている。
ベッドに手をついて振り向き、倒れこんだことで後ろに移動した顔に向かってじっと視線を送ってくる。
なんだ。一通り話したはずだ。
その視線の意味を汲み取れず、今度は私が首を傾げた。
「どうして今、急に月のものが始まったんだろうな?」
「さぁな。私が聞きたいくらいだ」
「何か変なものでも食ったんじゃないだろうな」
「兄上じゃあるまいし」
純粋な疑問から冗談へと変化していく会話は心地よく、空気も随分軽くなった。
ソーも固まっていた頃と比べると、笑みが浮かぶようになっているのだから上等だ。
もっと気色が悪いと言われるかと思ったが、一先ず受け入れられたらしいことがわかって、ほっとしている自分がいることも確かだ。
言葉を交わしながら、しかしソーの疑問も確かだな、と頭をよぎる。
成人してから随分経つのに、なぜ今?
ソーが言うような変なものなど食べてはいない。環境は変わったが、ここ数年の変化の激しさを思えば今更だろう。ここ最近で一番大きな出来事とはなんだ?
思考の波の間、ふとソーと目が合った。
こちらが見上げていることに気付いて、笑みを深める。
ああ、この顔だ。この男との間に兄弟以外の新しい関係が増え、この顔に触れることが当たり前になってきたことが変化の一つかもしれない。
手を伸ばして髭を引っ張ると、痛いぞ、とそんな素振りなど見せずくすぐったそうに笑った。
そのまま手を取られ、見上げた先にある瞳が熱を帯びていくのが見えて、ああ、変わったのだなと改めて思う。
指先の温度が変わっていくことに気付いたところで、一つの可能性に辿り着いてしまった。
この男に触れる度に変化する体温、身体。
急に動き出した子宮。
いや、だがまさか、そんな――。
カッと一気に顔が熱くなるのが自分でもわかった。きっと真っ赤になってしまっているだろう。
こちらを見下ろしている男に気付かれたくなくて、近くに転がっていた枕を掴んで、顔面に向かって力いっぱい叩き付けた。
苦しそうな声が聞こえたが、気にせずぐいぐいと布を押し付ける。
さすがに抵抗されたが、視界を開けさせまいと目一杯対抗する。が、だんだんと力負けして枕がずれてきてしまう。
ゆっくりと肌色が見えるようになり、黒い眼帯も姿を見せた。
「ロキ、見えないぞ」
「そうか、よかったな」
布越しのくぐもった声で抗議されたが、大人しく聞いてやるつもりなど毛頭ない。
枕を使った攻防はしばらく続いたが、やがて肌が見える範囲が増えていき、遂には全て取り払われてしまった。
ぐしゃぐしゃにされた枕がシーツの上に戻ってくる。この馬鹿力め。
「なんだ、顔が真っ赤だぞ」
視界を取り戻したソーは、赤らんだ顔を確認するとひどく楽しそうにからからと笑った。
その姿に無性にイラついて、近くにあった太ももを足蹴にしてやる。
しかし、それを意にも介さずニヤニヤと笑みを浮かべるものだから、余計に腹が立って布団に潜り込んだ。
「うるさいぞ、ソー。私は寝る」
宣言して枕を頭の下に敷き、ソーに背を向けて寝る体勢に入る。
目を閉じて世界を遮断しようとしたところで、ベッドに乗っていた重みがすぐ近くまでやってきた。
ぎしり、とスプリングが軋む音がする。
「なあ、ロキ」
「なんだ。さっさと話を終わらせてくれ。私はもう寝たい」
「ロキ」
ギッ、と軋みが枕元で聞こえたかと思うと仰向けにされ、自然とソーの顔と向き合う形になった。
青い瞳に見下ろされ、首筋にざらざらとした手のひらが添えられる。
「だからなんだ」
「お前が俺と寝たがらなかったのは、これを隠していたからか?」
「……ああ、そうだ」
突然の問いに驚いたが、素直に首を縦に振る。
お互いの肌に触れるようになり、口付けを交わしても、最後の一線だけは越えなかった。
何度かそういう雰囲気になり求められもしたが、それを拒否してきたのは身体のことがあったからだ。そもそも告げるつもりもなかったというのに。
問いに肯定で返されたソーは、満足そうに微笑んだ。
「そうか。ならもう秘密は聞いたんだから、拒否する理由はないな?」
「何……?」
「ロキ、俺はお前を抱く」
真剣に告げられた言葉が脳に届くと、今度は私が固まる番だった。
冗談かとも思ったが、そんな様子は微塵も見られない。
動かなくなってしまった私に、ソーは余裕の表情で話を続ける。
「もちろん今すぐにじゃないぞ。お前の身体が落ち着いたらだ」
添えられていた指が、顎のラインを往復する。
ぞわり、と不快感とは別の何かが這い上がってくるような気がして、頭の奥で警報が鳴る。まずい、これ以上は。
「そうしたら、お前を抱く。だから――」
頬を辿り、口の端を通り、下唇に指が触れるころには、目の前にある顔からは兄としての表情はすっかり失われ、そこには一人の男がいるだけだった。
「覚悟しておけ」
真剣な眼差しと熱っぽい声を浴びせられ、ああ、この男に食われるのだ、とそう思った瞬間、頭の中の警報が激しく鳴るのと同時に落ち着いていたはずの熱がぶり返した気がして、私は頭の下に収まっていた枕を掴み、再び目の前の顔面に向けて叩き付けた。